日本の「家事道」を深めて世界に伝播させたい――高橋 ゆき(ベアーズ取締役副社長)【佐藤優の頂上対決】
掃除、洗濯といった一般的な家事から、ハウスクリーニング、ベビーシッター、お話し相手代行サービスと、さまざまな「暮らしのお困りごと」を事業化してきたベアーズ。これからは各家庭にプロの家事代行者が来る時代になるのか。“家事大学”も設立して家事の探求も進める業界草分けの企業の挑戦。
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佐藤 そもそも起業のきっかけは、香港での生活がヒントになっていると伺いました。
高橋 1995年に夫と一緒に香港に行って働くことになりました。私は商社に勤めていたのですが、第1子を出産したため、子育てと仕事を両立させようと、現地の慣習に従ってフィリピン人のメイドさんをお願いしたんです。その働きぶりに感銘を受けました。その後、日本に戻ってきて同じようなサービスを探したのですが、ありませんでした。
佐藤 日本にも家政婦さんはいますけれど、それではダメでしたか。
高橋 日本では、お金持ちや特別な人しか、家政婦さんは使えませんでした。直接雇用で1カ月何十万円も払わないといけないからです。そこで夫(現社長)と共に、99年に家事代行サービス「ベアーズ」を創業しました。2011年には、東京商工会議所の「勇気ある経営大賞」の特別賞を受賞したのですが、審査員の方々からは「家事を時間売りにしたビジネスモデル」を高く評価していただきました。また、「サービス業でインパクトを与え、評価されるような企業に成長してください」という言葉もいただきました。
佐藤 料金はいくらなんですか。
高橋 創業の時に銀座4丁目の交差点でアンケートを取ったんです。そうしたら、2時間で1回5千円がいいという声が多かった。うちの社長と私は単純なので、週1回、2時間、ヨンキュッパ(4980円)で、家事なら何でもやろうと。現在は1時間3300円になっています。
佐藤 家事代行というと、私がいた頃のソ連では、外交官は必ずお手伝いさんを雇わないといけなかったんです。
高橋 治安の面とか、いろいろとおありになるからでしょうね。
佐藤 治安じゃなくて、外交官の監視のために、必ず家政婦がつけられる。独身の外交官にはすごい美人の若い家政婦さんがつくんです。大使館は面倒くさいことにならないように、いつもピリピリしていました。先方の窓口に「できるだけ50歳以上の家政婦にしてくれ」とか頼むのだけど、「若い家政婦しか希望者がいない」と答えてくる。そういう時代でした。
高橋 凄い時代ですね。ただ、どんな時代であっても、暮らしに寄り添ってくれる人がいることは大事です。私たちは、暮らしの中にサードパーソンがいることが、心豊かな家庭運営ができる秘訣なんじゃないかなって思っています。
佐藤 よくわかります。昔、国際政治学者の舛添要一さんが、介護に関する考え方を日本人は改めないといけない、とおっしゃっていました。介護は専門家に任せて、愛情は家族が注げばいいのだと。
高橋 自分でなければいけないことをご自身でやって、それ以外は誰かプロフェッショナルの手を借りるのはすごくいいことです。
佐藤 仕事だと割り切ったほうが、うまくいくこともある。
高橋 家事代行を専業としている私たちだってそうです。自身の家庭は仲間に任せて、自分は違うご家庭を“ベアーズレディ”としてサポートしている人も実際いますから。
佐藤 ベアーズのスタッフ、いわゆるベアーズレディには全国5万8千人もの人が登録しているとか。雇用の創出はすばらしいことです。「女性の活躍」とか、「女性の雇用を確保しろ」とか口で言う人はたくさんいるけれど、実際に働く場まで提供できている人は多くありません。それに長く働ける。
高橋 一番年上では現在87歳の方がいて、人のために生き生きと働いている。そういう年代の人たちの仕事ぶりを見ると、見ている人たちも生き生きすると思うんです。
佐藤 またベアーズで働くことで、家事についてプロのスキルを学べるのもいいですね。
高橋 ベアーズレディには昇格制度があって、家事についての研修制度がしっかりしています。実は私自身が家事研究家という肩書も持っていて、この職業も20年かけて作ってきました。たかが家事ですが、されど家事です。家事というのは、その家族にとっての古き良き伝統がいっぱい詰まっています。本来であれば、家事は家族で受け継いでもらいたいと思うんですね。でも、そういうことばかり言っていると、苦しんだり、無理したりして、家事が原因で家族の心がばらばらになってしまうこともある。だから、疲れているときや無理だと思うときは、誰かに任せてもいいんじゃないかと。
佐藤 つまりアウトソーシングする。
高橋 しかし、家事は基本的には尊いものです。その前提のもとに、オンラインで学べる「家事大学」というものを作りました。そこでは、小学生からシニアの方々まで家事を学べる。「掃除学」や「洗濯学」等、家事を学術的にしていこうと考えています。ベアーズレディの研修を受けた人が、もっと家事を知りたいと受講することもある。家事大学1級まで取っていただくと、ほぼ家事研究家のレベルになれます。家事研究家の職業地位も向上させていきたいなと思っています。
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