矢野燿大は移籍先の阪神で正捕手に…トレードで大ブレイクした“幸運な3選手”
「顔にインパクトがあるので」
ドラマはさらなるドラマを生む。矢野が阪神の正捕手になったことにより、競争に敗れたもう一人の捕手・北川博敏の野球人生も、トレードで大きく変わる。
日大時代に首位打者を獲得した強打の捕手は、“田淵2世”と期待され、95年に阪神にドラフト2位で入団した。99年に39試合に出場したが、翌年はヤクルトから移籍してきた野村監督の息子・カツノリに少ない出番を奪われ、ほとんど2軍暮らし……このままでは上がり目がなかった。
だが、同年オフ、野村監督が「足の速い選手が欲しい」と近鉄の外野手・平下晃司に目をつけたことがきっかけで、セパの最下位チーム同士で湯舟敏郎、山崎一玄、北川と平下、酒井弘樹、面出哲志の3対3トレードが成立。これが一大転機となった。
北川は「近鉄では新たな気持ちでプレーしたい。顔にインパクトがあるので、ファンに覚えてもらえるようレギュラーを目指す」と新天地での飛躍を誓った。翌01年、「こんなにバットを振ったことがないですね」と言うほどの猛練習で1軍に定着を果たす。4月28日のダイエー戦でプロ1号、5月27日のオリックス戦で初サヨナラ打を記録するなど、随所で勝負強さを発揮した。
史上初の「代打逆転サヨナラ満塁V決定弾」
そして、優勝目前で迎えた9月26日のオリックス戦。3点を追う9回無死満塁のチャンスに代打で登場した北川は、バックスクリーンへ史上初の「代打逆転サヨナラ満塁V決定弾」を放った。阪神の6年間で芽の出なかった男が、一世一代の大仕事を成し遂げた。
北川自身も「僕にとって近鉄っていうのは、野球をやる場所を与えてくれたし、自分はプロ野球選手なんだと感じられた球団だった。プロ野球人として、人生を変えてくれた球団だった」と回想している。
トレードによって大きく花開いた北川は、04年に打率.303、20本塁打、88打点をマークする。さらに、オリックスと近鉄の合併後も、6年連続100試合以上に出場するなど、長く主軸打者として活躍した。
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