「関取になるまでパスポートを取り上げられていた」 琴欧洲が明かす相撲部屋の過酷な慣習(小林信也)

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弱い自分に戻った

 05年9月場所、新関脇で初日から12連勝。優勝争いのトップを走ったが、朝青龍、稀勢の里に連敗。優勝決定戦で朝青龍に敗れた。

「優勝が目の前にちらつくと、寝られない日が続く。経験したことのない緊張感。決定戦は身体がカチンコチンで話にならなかった」

 06年1月に大関に昇進した後、08年5月場所で再び優勝に王手をかける。朝青龍、白鵬の両横綱を続けて破って12勝。勝てば優勝に王手をかける安美錦戦でまた力が出せず、一方的に押し出されて負けた。

「また弱い自分に戻ったなと思って開き直りました」

 14日目の相手は関脇・安馬(後の横綱・日馬富士)。

「思い切り行って送り倒して勝った。やっと優勝にたどり着いた。簡単にはできるものじゃなかった」

 大関に上がってからは相撲が楽しくなくなった。

「協会の看板ですから、プレッシャーと責任が大きい。勝ち続けるのは大変です」

 綱取りの期待も高まったが前年に先代が亡くなり、相談相手がいなかった。

「綱取りの時、どう身体を作っていいか、わからなかった。でも横綱になれずに終わったのは、よかったと思う。何で上がれなかったか、原因がわかったから。それを弟子たちに伝えたい」

 引退し、独立して鳴戸部屋の親方になった。いま幕下に欧勝海、欧勝竜ら、期待の力士が十両昇進を射程圏内に捉えている。

「関取をまずひとり出す。結果を出さないと始まりません」

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2021年11月18日号掲載

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