【袴田事件と世界一の姉】弁護団も驚愕した「巖さん」の釈放 急きょテレビ局が確保したホテルへ
「まさか釈放するとは思わなかった」
半世紀もの間、拘置されていた死刑囚の釈放など、世界でも稀有な出来事である。巖さん釈放のニュースは、アメリカの「ニューヨーク・タイムズ」、トルコの「ヒュッリイェト」、フランスの「フィガロ」など、海外の新聞やニュース番組でも大きく取り上げられた。
「再審決定はある程度予想していたが、まさか釈放するとは思わなかった。慌てましたよ」と振り返るのは、西嶋勝彦弁護士(袴田再審弁護団団長)である。
「審理の最終段階で、村山裁判長は検察官が求めた立証を認めなかった。腹を決めたんだな、と思いました。だから、その時点で再審決定はある程度予測できました。ただ釈放は意外でした。拘置所からいきなり巖さんが出てきたから、弁護団は面喰らったんです。急いでひで子さんと2人のためスイートルームを2部屋確保しようとしたんですが、結局はテレビ局が確保したホテルに滞在してもらうことになり、20万円くらいしたホテルの料金は弁護団で払いました。その後、巖さんを診断し、(死刑執行を止めるため)心神喪失の鑑定書を書いてもらったことがある東村山市の病院に、47年の拘置所生活の心身を癒すため入院治療してもらうことになりました。テレビ局(テレビ朝日)は、浜松からひで子さんに同行していたので、釈放の様子をしっかり密着取材していました。彼らの独占スクープでしたね」(同)。
袴田事件では、第1次再審請求(1981年)は2008年3月24日に棄却された。直後の4月に行われた2度目の再審請求が実り、巖さんの釈放に繋がったのだ。
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