コロナを好機として「ハコ」から脱却する――隈 研吾(建築家)【佐藤優の頂上対決】

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モダニズムから離れて

佐藤 そもそも隈先生は近代的なスタイルに否定的でした。ようやく時代が追いついてきた感じです。

 僕は、ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエといった20世紀建築の大家が生み出した禁欲主義的なモダニズムを仮想敵としてきたところがあります。コルビュジエは「家は住むための機械」と言った人です。面白いのは、モダニズムの大家たちはだいたいプロテスタントで、カルバン派が多いことです。コルビュジエも、南フランスからスイスに逃げたカルバン派の住む地域から出てきている。

佐藤 それは興味深いですね。

 禁欲的なプロテスタンティズムが資本主義を生んだというマックス・ウェーバーの分析がありますね。贅沢や浪費をせず労働と信仰に励んだことが、資本主義を育んだ。その禁欲主義的な面は、建築においても機能的なモダニズムの美学と繋がっているという指摘があります。

佐藤 プロテスタンティズムは、ルター派とカルバン派などの改革派とを分けて考えないといけないのですが、私はウェーバーの考え方にはやや問題があると思っています。カルバン派の考え方だと、成功する人と失敗する人は生まれる前から決まっています。この世では努力している人が失敗したり、努力していない人が成功したりすることがある。ここをどう考えるかというと、もう生まれる前に決まっているから、となる。

 なるほど。

佐藤 そして成功したら、それは自分の才能ではないので、神に返さなくてはいけないんですね。しかし、神に返すことはできないから社会に返す。それを一部の人は事業を拡大することと考えて、それが資本主義となるのです。

 そうすると、資本主義もデザインも禁欲主義だから生まれた、というわけでもない。

佐藤 意匠については、カルバン派がイコノクラスム(偶像破壊)をしているからだと思います。その時、教会からキリスト像やさまざまな聖像を取り去ってしまった。スコットランドに行くと十字架すらないところもあります。一方、ルター派はそれを経験していない。だから普通の人がルター派の教会に行っても、カトリック教会と見分けがつきません。

 僕はカトリックのイエズス会が作った栄光学園で学んだんですよ。それもあって、プロテスタントの禁欲主義的なところやモダニズムが肌に合わないと感じてきたんです。

佐藤 イスラエルの思想家、ヨラム・ハゾニーの『ナショナリズムの美徳』という本があります。この中に、16世紀のカルバンが聖書をどう読み直したかが出てきます。普遍的な世界帝国を作ろうとするのは、新約聖書の思想なんです。新約はローマ帝国がベースになっていますから、グローバルな世界帝国に肯定的です。一方、旧約聖書ではペルシャやシリアなどの世界帝国はみんな悪で、神から与えられた領域だけを支配するのが正しいと考える。ネーション・ステート(国民国家)という発想はそこから生まれた、とハゾニーは言います。この本はトランプ前大統領やイギリスのジョンソン首相に大きな影響を与えました。

 なるほど、アメリカ・ファーストにつながるわけですね。

佐藤 その点から見ると、トランプもジョンソンも実はプロテスタンティズムの本来のあり方への回帰だと捉えられます。自由と民主主義を世界中へ普遍化しようとしたところが、アフガニスタンのように各地で戦争と混乱しか招かなかった。だから普遍主義には限界があり、それぞれ与えられたところで生きていくというのが、これからの世界でけっこう大きな影響力を持ってくる思想になるのかもしれません。

 それを建築、デザインに引き寄せて考えると、それぞれの地域ごとのデザインを大事に守っていくということになるんでしょうね。私はずっと地方主義的なものに惹かれていますが、ネーション・ステートとしての日本国様式を追求することにはすごく抵抗があります。

佐藤 同じ日本でも南と北ではものすごく違いますからね。大学生時代、私が京都に住んでいた時には、おでんの具材が大きく違って驚いた(笑)。

 そうですよね。だからネーション・ステートというフレームよりも、もっと小さい場所に熱い視線を当てて繋がっていきたい、というのが僕の考えなんです。

佐藤 ネーション・ステート的なところへフォーカスしていくとどんどん国粋主義的になっていきます。

 だから小さな地域性というのが大事です。私が目指しているのは、ネーション・ステートを象徴しようとする大げさな建築ではなく、いばってない小さな建築です。

佐藤 隈先生が言ってこられた「負ける建築」ですね。

 ええ、ふんぞり返っていない建築です。

佐藤 それとは対極の高層タワー、高層マンションがいまもどんどん作られています。50年後、70年後にはどうなっているんでしょうか。

 何もしなければ、まず配管設備がダメになって、次はエレベーターが動かなくなる。そうなると、もう住めないですね。

佐藤 郊外では低層の団地だって、ボロボロになって大変です。

 未来のことを考えず、ハコさえ手に入れれば幸せになれると考えた結果です。自由度が低く、密になりやすい。ハコを解体していくのに、このコロナは好機です。いまこそハコの呪縛から逃れる時だと思いますね。

隈 研吾(くまけんご)
建築家。1954年生まれ。90年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。『点・線・面』『ひとの住処』『負ける建築』『自然な建築』『小さな建築』他、著書多数。

週刊新潮 2021年11月11日号掲載

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