コロナを好機として「ハコ」から脱却する――隈 研吾(建築家)【佐藤優の頂上対決】
米ソのタワー信仰
佐藤 いっとき、コンクリートは未来を象徴するものでした。1972年の旧ソ連の映画「惑星ソラリス」では、未来都市の姿として日本の首都高速道路が出てきます。コンクリートに覆われた地下の道を走るシーンが長尺で映し出される。ここはかなり不気味です。
隈 あれは赤坂見附付近ですよね。
佐藤 その首都高速と対比される形で出てくるのが、ロシアの伝統的な木造住宅のダーチャ(郊外住宅)です。アンドレイ・タルコフスキー監督は、やはりコンクリートに不気味さを感じたのだと思いますね。ロシア人は木や土がないと生きられないところがあります。ソ連時代、モスクワの中心部は団地になり一戸建てがなくなってしまいましたが、ロシア人は郊外にダーチャを作った。週末や休みにはそこで野菜を作るなどして過ごすんです。
隈 よくわかります。だからロシアには、木を使った私の建築に共感する人が多い。ロシア人には、木についての野性的な感受性があるんじゃないかと思いますね。
佐藤 基本的にロシア人は森の人です。それから日本人との共通点で言うと、家に入ると靴を脱ぎます。ターパチキというスリッパに履き替える。半分はヨーロッパですが、もう半分はアジアなんですね。欧米だと人前で靴を脱ぐことはめったにありません。特に女性はそうです。
隈 僕もイタリアのプロジェクトで、木の板の上を靴を脱いで歩かせる設定にしたら、「強制的に靴を脱がすのですか」と、猛烈に抗議されたことがありました。
佐藤 そのあたりは、木の文化や木への感受性にも繋がっている気がします。ただ、ソ連時代はちょっと違っていました。木の文化どころか、隈さんが否定的な「タワー信仰」があった。モスクワの大聖堂が建っている場所には、エンパイアステートビルを超えるタワービルを建てる計画があったし、モスクワをはじめとしてソ連邦構成共和国だったエストニアやラトビアには全高300~500メートル以上のテレビ塔を作っています。
隈 都市のない荒野に突如として高いタワーを作るのは、極めてアメリカ的なものです。もともと街の中に住んでいるヨーロッパの人たちには嫌悪感があります。イギリス人にはいまだに低層のテラスハウスが大人気だし、高層ビルも壊そうという話をしているくらいですから。
佐藤 ソ連においては、少しでも天に近づこうとするバベルの塔の物語と一緒ではないかと思いましたね。社会主義を作り出したソ連人にとって、高層ビルは人間の可能性への挑戦だったんじゃないかと。
隈 アメリカでは1871年にシカゴで大火があって、その後に高層ビルを鉄骨で作る技術が一気に広まります。それがニューヨークに移って、摩天楼ができるんです。
佐藤 アメリカ人とソ連人には、どこか似ているところがあるんじゃないかと思うんです。
隈 確かに意匠としても、スターリン時代の高層ビルは上に行くほど細くなっていくアールデコのスタイルです。これはアメリカとソ連で大流行したスタイルです。
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