神戸5人殺傷で「仰天無罪判決」 カギは起訴前鑑定で黙秘 問われる裁判員裁判

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功を奏した「黙秘作戦」

 驚きの無罪判決だが、報道ではほとんど報じられていない伏線があった。簡単に言うと「黙秘権」だった。

 当初、検察が実施した起訴前鑑定で、鑑定人は「圧倒的な精神疾患に支配されている」として、心神喪失の結論を出した。刑法39条により、これでは起訴できない検察は、新たに別の鑑定人を依頼した。しかし、新たな鑑定人との面会の前に、弁護団はA被告に黙秘するよう指示。黙秘を貫かれてしまった鑑定人は、5分程度の挨拶くらいしかできなかった。そのため仕方なく捜査の供述書などから鑑定書を作成し、「心神耗弱」とした。検察はこれを根拠に「責任能力はある」として起訴したが、心神耗弱なので死刑求刑はできず、無期懲役にとどめた。5分しか面会しなかったとされる鑑定人が、いい加減な対応をしたわけではなかった。

 被告人の黙秘権は、一般には警察や検察の取調や公判の場で保証されているが、留置されての起訴前鑑定での鑑定人に対しても保証されている。これを巧みに利用した弁護団の勝利と言える。しかし被告人は、そういうことはしっかり理解していたということにもなる。

 公判での争点を絞る公判前整理手続きは、最初に鑑定した医師が海外赴任してしまったためになかなか進まず、公判を待たずに亡くなった被害者遺族もいた。さらに、コロナ禍で医師が帰国困難となったことで証人尋問ができず、法廷では公判前に実施された証人尋問の記録が読まれただけだった。

 専門の精神科医の判断が分かれてしまったこの大事件は、裁判員裁判で裁かれた。法律の専門官ではない裁判員は、鑑定内容を深く吟味することができず、結局、内容ではなく手続き的な経過から判断せざるを得ない。そのため、「5分しか会えなかった」よりも、11回面接して「心神喪失」とした最初の鑑定人に軍配を上げ、無罪と結論付けたのだ。閉廷後に会見した40代男性の裁判員は「世間の方々、遺族、被害者の方々が納得できない判決結果にはなったと思う」などと話していた。

 甲南大学の園田寿・名誉教授(刑法)は「専門的な知識が結果を左右する刑事裁判では、素人の裁判員は専門家の意見を信用せざるを得ない。最高裁判例でも、裁判員は鑑定人の意見を尊重すべしとなっているが、今回、鑑定人の意見が割れてしまった。11回も面接した1人目の鑑定と、5分程度あいさつを交わしただけの2人目を比べると、1人目の鑑定を信用するのは自然だが、そういう経過で判断するしかなかった。弁護団の黙秘作戦などを裁判官が評議で裁判員に説明したのかどうかは、評議内容が秘密扱いなのでわからない。裁判員裁判は現在、殺人など重大な犯罪に適用されているが、今回の鑑定の一件を見ても問題が多い。裁判員裁判が死刑もあり得るような重大犯罪を裁判員に裁かせるのは問題で、10年以下くらいの財産刑などで、1人の裁判官と2人の裁判員の合議などでやっていくような制度にすればいいのではないか」と話す。

 刑法39条では、心神喪失と判断されれば、殺した人数や殺し方の残虐性などに全く関係なく無罪になるが、今回の判決などを機に刑法の見直しなどを求める声も強まりそうだ。

 園田教授によれば、今回は鑑定内容からも起訴にするのが難しい事案だったが、神戸地検は鑑定人を代えて、なんとか起訴したという。「人を殺すことは悪いこととわかっているようですが、殺した相手が人ではなくゾンビと思っていることが問題です」と園田教授は話す。

 司法の場で地検は敗北したが、不起訴にしていればその段階で世間の批判にさらされた可能性もある。大けがをした69歳の女性は「こんなことが許されるのかと落胆している。4年間かけて取り戻しつつあった安心が一気に崩れ去りました。絶対に控訴してほしい」と求めており、検察の対応が注目される。

「なんや、ようわからん」で死刑も――問われる裁判員裁判

「後妻業事件」で知られる、筧千佐子死刑囚の連続殺人事件で、筆者は京都地裁での裁判員裁判をすべて傍聴した。難しいはずの鑑定があまりにも簡略化されてしまっていて驚いた。

 裁判員制度以前の従来の刑事裁判では、証人の鑑定人と裁判官、検察官、弁護士とのやりとりが傍聴席の筆者には理解できず、後で弁護士や鑑定人に教えてもらいに行ったりもしたものだ。もちろん、裁判員にもこれらをさっと理解できる人たちもいるのだろうが、いくつかの裁判員裁判を傍聴していると「質問していたあの裁判員、意味がわかってるのかいな」と首をかしげることも多々あった。

 2015年3月、淡路島の洲本市で近隣住民5人が殺された事件では、犯人の男は死刑判決となったが、神戸地裁での判決後に会見した裁判員の男性が「なんか、ようわからんかったけど死刑に入れた」と答えていた。死刑かどうかを左右する判断がこれでいいのか。

 2009年に導入された裁判員裁判について、法務省や最高裁は問題なく進んでいるかの如く喧伝しているが、再検討すべきだ。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

デイリー新潮取材班編集

2021年11月13日掲載

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