「バンクシーって誰?展」はなぜ天王洲アイルで開催されるのか ――東京の再活性化はアートを使ってこそ可能になる

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 世の諸々の流行り物と同様、アートの人気銘柄も変化は激しい。

 数年前なら、現代アート界でよく聞く名といえば、バスキアだった。前澤友作氏がオークションで競り勝ち、高額で手に入れ一躍有名となったアメリカ人ストリート・アーティストだ。

 だがトレンドは移った。現在、主役を張るのは英国に拠点を持つ匿名アーティスト、バンクシーである。

 世界中のあらゆる街角に無許可で絵を描き残すストリート・アートの第一人者。2019年には東京湾岸の防潮扉にバンクシーのトレードマークたるネズミの絵が見つかり、小池百合子都知事までが真贋を言及する騒ぎになった。

 2018年には、サザビーズのオークションに出品された代表作《風船と少女》に仕掛けを施しておき、落札された途端その場でシュレッダーが作動し、絵が切り刻まれてしまうというパフォーマンスを成した。

ストリート・アートをどう「展示」するか

 豊富な話題性に乗ってのことか、現在東京でもバンクシーにまつわる大規模な展覧会「バンクシーって誰?展」が、天王洲アイル・寺田倉庫GIビルで開催中である。

 バンクシーの展覧会をするとなると、常に付きまとう難題が一つある。キャンバスに描かれた作品もあるにはあるが、路上に絵を描き残すことが多いゆえ、それらを各地から剥ぎ取ってくるわけにもいかず、実物を揃えるのが非常に難しいのだ。

 今展では大掛かりなセットをいくつも組み、「バンクシー作品のある路上」を再現することで解決を図った。なるほど、光景を丸ごと作ってしまえば、その場の雰囲気もよくわかり、作品が本物ではないにせよ、バンクシーの創作意図は掴みやすそうだ。

 会場に並び立つ「街角」を目にすると、よくぞここまで仕込んだものだと感心してしまう。同時に、会場選びも見事にハマったなと感じ入る。

 今展の場合、セットを作り込むためにはそれなりの「ハコ」の大きさが必要だし、そこが権威的・伝統的な場だと作風にそぐわない。その点、今回の空間は条件に適っている。むしろこの会場でなければ、バンクシー展をここまで大入りにして成功させることはできなかっただろう。

天王洲に続々とオープンするアートスポット

 ここで着目すべきは、寺田倉庫G1ビルが天王洲アイルに位置するということだ。そう、りんかい線と東京モノレールが乗り入れ、品川からも徒歩圏内のあの湾岸地域だ。

 現在四十代以上の世代にとって、天王洲という地名は少々懐かしく響くのではなかろうか。かつて倉庫や物流センターばかりだったこの一帯は、ウォーターフロントのオフィス街開発地に指定され、1990年代には複合ビルが一挙に立ち並び、一躍「トレンディ」な地と目されるようになった。

 ところが、日本経済の失速とも相俟って、2000年代に入ってから天王洲エリアの人気は下火になり、大きな話題を振りまくこともなくなってしまった。

 それが、2010年代以降の天王洲エリアは、アートとともにある街づくりを加速させ、短期間で東京を代表する「アートの街」として生まれ変わったのだ。

 以前の天王洲のイメージは広々として清潔だが、週末や夜間のひとけは少なく、艶や色のある街とは言い難かった。しかし現在はアート関連だけでも近年多くの施設がオープンして、勢いづいている。たとえば、ふだんなかなかお目にかかれないアートコレクターの所蔵品を一堂に展観できる「WHAT MUSEUM」。カフェを楽しみながら若手アーティストの作品を鑑賞・購入できる「WHAT CAFE」。無数の顔料を壁一面にディスプレイして販売したり、ワークショップを開催したりして伝統画材に親しむ機会を設ける「PIGMENT TOKYO」。元は巨大な倉庫だった建物に一流ギャラリーやアトリエスペースがごっそり入居する「TERRADA ART COMPLEX」。加えて、今回のバンクシー展の会場のようなイベントスペースが幾つもある。

 これだけ揃っていれば、最旬かつ世界的水準のアートにいつでも触れられるエリアと謳ってまったく違和感がない。現代アートに絞って言えば、濃厚な体験ができる東京随一の場所だ。

 アートスポットに付随してオフィスやホテル、インテリアショップにカフェやレストランも、続々と新設されている。あちこちに巨大な壁画があったり、プロジェクションマッピングなどのイベントが盛んに開かれたりと、天王洲はひと昔前に比べずっとカラフルで活気ある街となった。そして、まだまだ変化の途上である。

街づくりを支える「寺田倉庫」の存在感

 天王洲が「アートの街」として、これほど短期間に変貌できた要因は何だったか。

 まず、もともとアートと相性のいい物件が揃っていたことが挙げられる。ミュージアムにしろギャラリーにせよ、そこで必要とされるのは柱が少なく天井の高い大空間である。搬出入経路が充実していることも重要だが、そうした条件をよく満たすのは倉庫物件だ。もともと倉庫と物流の街だった天王洲には、アートスペースへ転用するに適した空間が豊富にあったのだ。

 また、古くから一帯を拠点としてきた寺田倉庫の得意分野が、うまくマッチしたこともある。同社は高級ワインや美術品など特殊な品を預かり、保管する事業を幅広く展開してきた。つまりこの地には以前から、人目に触れぬまでも大量のアートが常にあった。先に触れたアートコレクターミュージアム「WHAT MUSEUM」は、いわばそれら保管されてきた品の有効活用例といえる。

 このように、地場の企業である寺田倉庫が自身の事業に絡めながら、意志を持って街づくりを推進しているのも強みだ。

 となると、さらなる疑問が。なぜ寺田倉庫はアートにかくも注力するようになったのか。

 寺田倉庫にじかに訊ねたところ、事情と経緯について明快に教えていただけた。

 回答によれば、アートへの傾倒は最初から特別な意図や目論見があってというよりむしろ、企業活動のごく自然な流れとして行き着いたようだ。

 寺田倉庫が本拠を置く天王洲で、地域再開発が計画されたのは1980年代のこと。当時から天王洲ISLE街造り憲章のスローガンには、「アートになる島、ハートのある街」との言葉が掲げられていたのだという。そんな目標に向けて、寺田倉庫を含む地域の企業、住民、行政は各所に屋外アートを設置するなどの取り組みを、長らく地道に重ねてきたのだった。それが「アートの街」の基盤となっている。

 寺田倉庫自体は1975年から、美術品に着目して保管サービスを開始。以来今日にいたるまで、国内外から預かったアート作品は数十万点に及ぶという。

 さらに近年は、美術品を専門に扱うグループ会社を設立し、保管から梱包・輸送・修復に至る美術品に関するソリューションを、ワンストップで提供する態勢を整えた。また、作り手たるアーティストの制作場所から作品公開の機会・スペースまでを用意し、創作から発表までのプロセスもワンストップでフォローするしくみも構築。これが先に見た天王洲の数々のアートスポットとして、具体的な形となって現れているわけだ。

 ここまでしてこその「アートの街」化である。それにしても、と思う。一企業としてこれほど力を入れさせるメリットや可能性、ポテンシャルが、果たして本当にアートにはあるのだろうか?

 寺田倉庫の答えはこうだ。

「日本のアート市場は、2019年時点で世界シェアの 3.6%です。日本の GDP (国内総生産)は世界シェアの6%弱であることに鑑みると、アートにおける日本市場にはポテンシャルがあるといえます。
 ただし、アート市場が成熟した香港やシンガポールなどには、複数のギャラリーが集積するエリアが数多く存在しますが、これに並ぶ国際都市・東京にはこのようなエリアが極めて少ない現状があります。
 そこで、アーティスト・コレクター・アートファン・ギャラリーそれぞれが有機的に手を取り合える土壌を形成すべく、拠点とする天王洲に数々の芸術文化発信施設を設置し、取り組みを国内外に発信しております」

 かく言う寺田倉庫のアート事業は、同社の事業全体の約5%に過ぎない。しかしそこに大いにやりがいと使命感を持って取り組んでいるとのこと。

 昨今、アートを街づくりに活用せんとする気運はたしかに高まっており、アートフェアやアートイベントが全国津々浦々で企画されている。だが結果は必ずしもよくない。とりたてて話題にもならず不発、という例は山ほどある。

 天王洲の盛況は例外の部類、と冷静に捉えたほうがいいかもしれない。ただしこの鮮やかな成功例は、心強いものでもあろう。やりようはある、と実地に示してくれたのだから。

 今のところ言えるのは、土地に根差した企業が地権者、住民、自治体らを巻き込んでいく方法にこそ「アートで街づくり」の勝機はあり、といったところであろうか。

「バンクシーって誰?展」

会期 2021年8月21日(土)〜2021年12月5日(日)

会場 寺田倉庫 G1ビル(東京都品川区東品川2-6-4)

開館時間 11:00〜20:00 (金・土・祝前日は21:00まで)※最終入場は閉館時間の30分前

URL https://whoisbanksy.jp/

山内宏泰
ライター。文学・美術などの分野で執筆。著書に『文学とワイン』、『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』、『写真のプロフェッショナル』ほか。「文学ワイン会
本の音夜話」「写真を読む夜」などのイベントも主宰。

Foresight 2021年11月12日掲載

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