CSファイナル 下剋上を狙う巨人はヤクルトとどう戦うべきか【柴田勲のセブンアイズ】

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ファーストステージの明暗を分けたプレー

 6日の試合、阪神は大山悠輔と佐藤輝明をスタメンから外した。一発があるのはジェフリー・マルテと近本光司だけで、菅野は投げやすかったと思う。多少不振でも大山と佐藤は怖い存在だ。翌7日、大山と佐藤はスタメン起用されたが。

 短期決戦では一つのミスが流れを変えて、命取りになる。後々響く。送るべきところはしっかりと送り、守るべきところはきっちりと守る。これが要だ。

 7日、阪神は3回、遊撃・中野拓夢の失策から3連打で1点を返されてなお無死満塁。ゴロを処理した青柳晃洋投手の本塁送球が高くて併殺ならず、その後2死から丸の逆転2点適時打が飛び出した。8回の失点も三塁・大山の失策が引き金となった。

 阪神は4年連続12球団ワースト86失策の弱点が大事な一戦で出た。四球からの失点も痛いが失策からの失点も嫌な意味で効く。尾を引く。

 振り返ればこの阪神2連戦初戦、阪神は5回にマルテがチーム初安打を放った。続く糸原健斗が1ボールからエンドランを仕掛けたものの小林誠司が大きく外してスタートを切っていたマルテを二塁上で見事に刺した。これにはビックリしたし、この試合、いやファーストステージの明暗を分けたプレーではないか。

 さあ、10日からはファイナルステージだ。何度も言うが、巨人はなんとしてでも第1戦を取って勢いを加速することが肝心だ。3位からの下克上を見たい。

※ヤクルトはチーム打率.254、625得点、巨人は.242、552。ちなみにチーム本塁打数はヤクルトが142、巨人は169。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

デイリー新潮取材班編集

2021年11月9日掲載

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