88歳で全国87公演に挑戦、俳優・仲代達矢が語る意気込み 「コロナに屈しない」

エンタメ

  • ブックマーク

 米寿を迎えた仲代達矢が「役者70周年記念作品」に取り組んでいる。松本清張の同名時代小説『左の腕』が原作の舞台で、11月13日から、仲代が名誉館長を務める石川県七尾市の「能登演劇堂」での公演を皮切りに、各地へのツアーがスタートする。

「清張さんの作品は好きで、以前からよく読んでいたんです。『砂の器』など、テレビドラマも何本かやりましたね。今回、改めて『左の腕』を読んで、これを芝居にしたらどうかな、と思ったのが本作に取り組むきっかけになりました」

 と言うのは、主演と共同演出を手掛ける仲代本人。いまだ多くの原作を読み込むという強い意欲には驚くばかりだが、今作の根底には松本清張への強い親近感があった、と振り返る。

「清張さんは社会の底辺に住む人、立場の弱い人、悪しき社会に抵抗する人、虐げられる人に寄り添う作品が多い。それだけに、人々の共感を呼んできたと思う。清張さんご本人も恵まれない道をコツコツと歩いてきた人ですが、僕も父を早くに亡くして、米一粒にも困るようなひどい貧乏生活を経験してきましたから」

「僕は根っからの新劇俳優」

 仲代が演じるのは、娘と暮らす老いたあめ職人の卯助。小料理屋に雇われることになった父娘は実直な働きぶりで評判に。ところが卯助の左腕には、常に白い布が巻いてあった。ある日、それに疑問を抱いた目明しが、卯助の過去を探ろうと……。

「いまの時代は不寛容というか、無駄なものや非効率的なものを切り捨てる世の中に思える。だからこそ、この世に足りない人の優しさを伝えられればと考えています。卯助は過去に悪に手を染めた人間ですが、最後には新たな人生を始めそうな予感がする。僕も随分と悪人役をやってきたけど、“悪の不条理の塊”みたいな卯助をどう演じるか。なかなか一筋縄ではいかない役柄に、人間的な興味を持って取り組んでいます」

 仲代の役者人生は昭和27年の俳優座養成所への入所から始まった。以来、その場は映画やテレビにも広がっている。が、

「僕は根っからの新劇俳優で、一年に1本は必ず舞台に立つことにこだわってきました。幸い、これまで大病もなくやってこられた。体力はやや衰えてきたけど、気力は充実していますよ」

 稽古がスタートしたのは今年の9月。過去最多のコロナ感染者が出た第5波が収束したタイミングだ。

「いまは“コロナに屈しない”という強い気持ちが湧きあがっています」

 来年4月まで各地を行脚する予定で、千秋楽までには87の公演が控えている。

「今年の12月には89歳になりますが、今後も“信じる生き方を続ける”という意志は貫いていきたい」

 かつて“一つの目標”と掲げた90歳での舞台出演は、“通過点”に過ぎない。

週刊新潮 2021年11月4日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。