天気予報から気象の総合コンサルタントへ――長田 太(日本気象協会理事長)【佐藤優の頂上対決】

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 テレビ局に「お天気お姉さん」ら気象予報士を派遣してきた天気のプロ集団「日本気象協会」。だがいまの仕事は、ただの予報にとどまらない。商品の売れ時、売り切り時を天気から助言する「需要予測サービス」をはじめとして、物流、農業、エネルギー開発など、さまざまな分野に情報を提供していた。

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佐藤 NHKの連続テレビ小説「おかえりモネ」で気象予報士にスポットが当たっていますが、日本気象協会こそ本家本元で、長らくテレビニュースのお天気コーナーに人を派遣し、気象情報を伝えてきました。

長田 そうですね。かつてはテレビや新聞に、ほぼ独占的に気象情報の提供を行っていました。ただ平成に入ってからの規制緩和で競争が激しくなり、いまはいくつもライバル会社があります。

佐藤 そのせいか、近年は次々と新しい事業を始められているそうですね。私が驚いたのは、さまざまな企業に対して、気象データに基づく需要予測を提供していることです。

長田 「eco×ロジ プロジェクト」と言っていますが、気象と販売データを掛け合わせた高精度の予測情報を提供することで、さまざまな企業の「製・配・販」活動を最適化し、食品ロス削減やCO2排出量削減を目指しています。

佐藤 気象と商品の売れ行きには、はっきり相関関係がある。

長田 暑ければ冷奴が欲しくなりますし、寒くなればおでんが売れます。アイスの売り上げも、その年の夏が暑いか寒いかによって変わってきます。前年と比べて、どのくらい暑いか寒いか、いつからそうなるかが予測できれば、生産計画を調整し、無駄な在庫を持たなくてすみます。

佐藤 その事業が始まったのはいつからですか。

長田 2017年に「需要予測サービス」として始めました。商品の需要と気温の関係性を数値化した「気象感応度」という指標を使い、需要予測を行います。

佐藤 いまの食品ロス問題にはうってつけの方策ですね。これは何がきっかけで始まったのですか。

長田 もともとは経済産業省とのプロジェクトでした。平成26(2014)年度次世代物流システム構築事業として「食品ロス削減・省エネ物流プロジェクト」が採択され、私どもが実施主体となりました。そしてメーカーや卸、小売業などでコンソーシアム(共同事業体)を作って、食品ロスや販売機会ロスを減らし、サプライチェーン(供給連鎖)の効率化を図るという実証実験を行ったのです。

佐藤 その時には実際に市販されている商品を扱ったのですね。

長田 最初から参加されていたのは、調味料のミツカンさんです。季節商品である「冷やし中華つゆ」をいつ売り切るか、その時期を知りたいということでした。

佐藤 冷やし中華は、夏が過ぎればほとんど食べなくなりますからね。

長田 シーズンオフまで残ったつゆは廃棄しなければなりません。ミツカンさんはそれを少なくしたい。

佐藤 これは業績に直結しますから、この実験には大きな期待が掛かっていたでしょうね。

長田 はい。同時期には、相模屋食料というお豆腐のメーカーにも参加していただきました。こちらは食品ロス、つまり豆腐の廃棄量を何とかしたいということでした。

佐藤 チーズのような豆腐を作ったり、「とうふ麺」を出したりしている会社ですね。

長田 そうです。同社の鳥越淳司社長は食品ロスの問題に非常に熱心な方です。この時は私どもの方から、予測精度を30%向上させた結果、食品ロスを削減させていただきました。

佐藤 はっきりした数字を出すのですね。

長田 一方、物流の方ではネスレ日本さんが参加されています。ボトルコーヒーは在庫最適化が重要なのですが、その商品を二酸化炭素の排出を削減しながら全国にどう配送したらいいかに取り組んだ。モーダルシフト(トラックから、海運・鉄道など大量輸送手段への切替)するとどうなるか、というデータを出しました。

佐藤 これはあらゆる商品の販売戦略に使えますね。

長田 その通りで、森永製菓さんにはアイスの需要予測でお手伝いをしていますし、20以上のブランドを展開する衣料品SPA(製造小売業)のアダストリアさんには、夏物や冬物の展開にお役立ていただいています。アパレルの場合、季節商戦の前半は気象の影響が大きく、中盤から価格、終盤では価格と在庫の影響を受けます。このため、前半、中盤部分の売り上げを予測できれば、価格シナリオを最適化することもできます。

佐藤 その年の季節がいつ始まるかや寒暖の変化といった長期スパンでの予測もあれば、一日の中での天候や気温の変化という短期での予測もできますよね。

長田 ええ、スーパーがそうですね。2019年4月からは「売りドキ!予報」という売れ行き予測サービスも始めました。これは青果、精肉、鮮魚、日用品などの各商品を「売りドキ」「普通」「不調」など7段階で表示し、売り損じや売れ残りによる廃棄ロスを抑えます。これを最初に導入してくださったのは愛知県のスーパー、ヨシヅヤさんで、現在は全国のスーパーやコンビニエンスストアからもお仕事をいただいています。

佐藤 売り切れることも、大きく余ることもなくなる。売り場は大いに助かるでしょう。

長田 また気象予測をするだけではなく、季節やイベントによる人の行動なども考慮してAIで分析し、その日、どの商品をどれだけ準備すればいいかも提案しています。

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