自民党に高まる派閥再編の機運:「安倍1強」後の主導権争い本格化
自民党は10月31日投開票の衆院選で、公示前の276議席より減らしたものの、追加公認を含めて単独で絶対安定多数(261議席)を確保した。国会運営の主導権を得て、岸田文雄首相(党総裁)はとりあえず合格点をクリアした形だが、党内では来夏に控える次期参院選を視野に主導権争いの火種が残る。特に各派閥の中には、領袖が今回落選したり、1カ月以上会長不在が続いていたりするケースがあり、不安定化が目立ってきた。自民党が旧民主党から政権を奪還して来年で丸10年。安倍1強と呼ばれた「政権奪還ハネムーン期」は終焉を迎え、党内主流・非主流派の激しい権力闘争の勃発も予想される中、派閥再編が加速する可能性がある。
人望なき茂木氏に募る不満、竹下派は参院勢力の動向が焦点に
緊迫しつつあるのが竹下派(約50人)だ。会長の竹下亘氏が在任中の9月に亡くなり、いまもトップ空席だ。理由は、会長代行を務める茂木敏充党幹事長(衆院議員)に対する、竹下派内の参院議員による不信感だとされる。本来、会長不在になれば、代行が会長に昇格するのは自然な選択肢だが、そうなっていない訳だ。複数の党関係者によると、引退後も参院竹下派に大きな影響力を持つ「参院のドン」こと青木幹雄元官房長官が茂木氏に対して不満を募らせていることが大きい。茂木氏が、派内の有力議員でありライバル関係にある小渕優子元経済産業相と総裁選対応や選挙での公認問題を巡って軋轢を起こすなどしたためという。参院側は2018年、当時の派閥会長だった額賀福志郎元財務相に退任を要求し、竹下氏に交代させた経緯がある。その際、茂木氏の本音は額賀氏続投だったとみられ、禍根は根深いとされる。
小渕氏は、青木氏が官房長官として仕えた故小渕恵三元首相を父親に持つ。恵三氏は首相在任時、同派を率いる領袖だった。いつかは娘の小渕氏を宰相にと願う青木氏にとって、旧日本新党出身の茂木氏の行動は「派閥乗っ取り」と映るのかもしれない。衆院側には茂木氏の派閥会長就任を支持する声がある。一方、党内では茂木氏について「若手に対して高圧的な態度を取る」「短気で怒りっぽい」といった声がある。こうした人望に欠けるとの評判が「茂木派」への衣替えの推進力を鈍らせている一因と言えそうだ。
複数の関係筋によると、参院側では現在、会長に船田元・元経済企画庁長官、事務総長に小渕氏といった案が取り沙汰されており、茂木氏による派閥継承は断固容認しない構えだ。派閥関係者には「参院側には積もり積もった茂木氏への不満がたまっている。このまま平行線をたどれば一触即発となりかねない」との見方があり、参院側が竹下派を離脱する懸念が出ている。茂木氏が幹事長ポストを手にしたのは、岸田政権発足に伴い党幹事長に就任したばかりの甘利明氏(麻生派)が衆院選小選挙区で敗北して比例復活となり、引責辞任したのが理由。予期せぬ事態で外相だった茂木氏に幹事長が転がり込んできた訳だ。このため人事でのポスト獲得や来年の参院選をにらんだ選挙資金配分での優遇などを念頭に「幹事長派閥としてのうまみを期待し、参院側も一時休戦して様子を見るのではないか」と見る向きもある。ただ現在、融和の兆しは感じられない。
仮に竹下派を参院側が離脱しようとする場合、課題になるのが「合流相手探し」だ。参院竹下派は約20人の勢力にとどまる上、単独で派閥化すれば、参院議員だけという変則的な形となる。人事でのポスト獲得などでの影響力発揮は限定的となり、メリットはほとんどない。このため他派閥、グループとの合併などを同時に行い、勢力拡大を図らないと、じり貧になるだけに終わりかねない。「数は力」の永田町。逆に言うと、竹下派が内紛で割れた場合、その片方と組むことで勢力拡大を図ろうとする動きが党内で起きても不思議ではない。
二階派「台風の目」は武田良太氏が束ねる20人
もう一つ、分裂懸念がささやかれるのが二階派だ。二階派はもともと今回の衆院選に立候補せず引退した伊吹文明元衆院議長が領袖だった。しかし、後から入会した二階俊博元幹事長が実権を握り、事実上「乗っ取った」格好となっていた。二階氏は、過去に小沢一郎氏と行動を共にして自民党を離党し、新生党、保守党などを渡り歩いた。こうした海千山千の経験から永田町随一の政治巧者と目されている。伊吹氏を派閥の最高顧問に「棚上げ」し、他派閥や野党からの引き抜きなど、あらゆる手段を駆使して派閥拡大路線をひた走ってきた。このため二階派は大まかに、伊吹派時代など以前から在籍した面々と、二階氏系に分かれる形となっている。しかし二階氏は自民党史上最長となる約5年間も幹事長を務め、ポスト獲得などで手腕を発揮。会員は「二階パワー」の恩恵にあずかっていたため、派内の亀裂は表面化せずに済んでいた。
ところが9月の総裁選で、二階氏と「犬猿の仲」とされる岸田氏が勝利した。岸田氏は総裁選で事実上の「二階切り」と言われた「党役員は1年間任期で3期まで」を公約。二階氏は幹事長ポストを追われた上、事実上の無役となった。党内でも非主流派として「冷や飯」を味わっている状態だ。自民党筋は「幹事長派閥のうまみがなくなれば、いくら二階氏であっても、もともと呉越同舟の派内をまとめきれない。遅かれ早かれ分裂は免れないのではないか」と見通す。二階氏は82歳と高齢だが、派内には衆目の一致する後継者は不在。ただ二階氏側近とされる武田良太前総務相が、二階派(約40人)のうち「20人近くをまとめている」(前出の自民党筋)とされる。仲間を引き連れて派閥を割ることを含め、武田氏の今後の動向が「台風の目」となりそうだ。
影響力低下の石破派は「結婚相手」に丁度いい?
竹下派、二階派の内部不和と絡む格好で注目されているのが石破派だ。石破派は石破茂元幹事長を首相の座に押し上げることを目的に結成された。ただ石破氏は総裁選に計4回立候補したがいずれも敗北。9月の総裁選は自身が出馬せず、小泉進次郞前環境相と共に河野太郎前ワクチン担当相を支援した。安倍晋三、麻生太郎両元首相や甘利氏ら「3A」と呼ばれる実力者に対峙し、党内刷新を訴えた運動は3人の頭文字を取って「小石河連合」として注目を集めた。しかし河野氏は決選投票で岸田氏に敗れ、小石河3氏は人事で十分な処遇はされなかった。また、菅義偉前首相が制した昨年の総裁選後、石破派は伊藤達也元金融担当相、山本有二元農相らベテラン、中堅の退会が相次いだ。最側近だった鴨下一郎元環境相も今回の衆院選に出ず引退。現在10人余りまで会員が減っている。
だが石破派には、石破氏の国民、党員人気の高さという大きな「資産」がある。石破氏は今回の衆院選でも応援依頼が引く手あまたで列島を駆け巡り、地元鳥取1区にはほとんど入らなかった。しかし小選挙区で84%超の得票率で圧勝し、甘利氏とは対照的な結果となった。このため竹下派、二階派が分裂した場合に、割れた片方の「結婚相手」として選ばれるのではないかとの観測がある。実際、石破氏は人口減で合区となった参院鳥取・島根選挙区で、島根側を拠点とする、ドン青木氏の長男一彦氏を支援し、当選に貢献。青木氏とは現在も一定の関係を維持している。また石破氏は、武田氏とは同じ防衛関係議員の先輩後輩で気脈を通じる。中堅議員の一人はこうした事情を背景に「石破派は参院竹下派とも、二階派内の武田氏に近いグループとも、いずれも親和性がある。どちらかと、あるいは3者まとめて合流に発展する可能性がある」と分析。武田氏と菅前首相が良好な関係にあることを踏まえ「菅氏に近い若手議員らでつくるグループや、武田氏に近い面々、石破派の合流といったパターンも考えられる」とも話す。
「親分不在」石原派は石破派と「弱者連合」の観測も
「大将として申し訳ない。本当に申し訳ない」。自民党の石原伸晃元幹事長は衆院選で落選が決まり、事務所で支援者らに深く頭を下げた。石原氏は当選10回で、石原派会長を務めている。今回、小選挙区(東京8区)で、当選した立憲民主党新人に3万票を超す差をつけられ、比例復活も叶わず議席を失った。石原派は会員数一桁の最小派閥であり「親分不在」は存亡の危機に直結する。石原派は当面、実力者である森山裕前国対委員長が中心となって運営するとみられる。ただ派内に総裁候補といった求心力を保てる人材は見当たらず、今後の展望は開けていない。このため遅かれ早かれ他派閥などとの合流が課題となる可能性は十分にある。森山氏は安倍、菅政権で国対委員長を務め、菅、二階氏とは良好な関係にあり、石破氏とも悪くないとされる。合従連衡が起きた場合、絡んでくるケースは大いにあり得る訳だ。組み合わせや順番のパターンは数々考えられるが、例えば「まずは石原、石破両派の『弱者連合』からスタートすることもある」(ベテラン議員)との見方も出ている。