大谷翔平とベーブ・ルースを比較するのは両者に失礼? 存在自体が“発明”だった男(小林信也)
夢を生きた男
豪放磊落、知性や教養を十分与えられず育ったルースは、突然の環境変化に戸惑う暇もなかった。社交界で気の利いた挨拶を求められても、淑女に指を引っ張らせておならをぶちかます野卑なユーモアしか思いつかなかった。上流階級からは侮蔑されたが、子どもを愛しファンを愛するルースは人々に愛された。まだ珍しかった自動車を運転すれば子どもが群がってくる。ルースは機嫌よく子どもたちを乗せて街を走った。貧しい少年を見れば気前よくホットドッグを振る舞った。
ルースの人間味は、92年に公開された映画「夢を生きた男―ザ・ベーブ―」に瑞々しく描かれている。
若い頃の破天荒ぶりは痛快で人間味にあふれている。一方、打棒の衰えた晩年の哀しみは痛切に胸に迫る。
監督就任を切望するルースをヤンキースのオーナーが冷たくあしらい、クビを切られて放心する場面がある。部屋の外で待つ妻子の存在も忘れ、茫然と出て行くルースに代わって、妻がオーナー室に殴り込む。
「あの球場(ヤンキー・スタジアム)は、主人が建てたも同然よ。八百長事件でプロ野球が死にかけた時、彼がお客を引き寄せた」
彼女の叫びは野球ファンが共有する事実だ。しかし、オーナーは吐き捨てる。
「恥知らずな女だ」
「恥知らずはあんたよ」
鋭く言い返し、妻がオーナーに平手打ちを食らわす。
ルースはボストン・ブレーブスに移籍した35年の6月に引退する。それから13年後の48年8月16日、ルースは鼻咽頭がんで帰らぬ人となった。
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