デジタルになってもハンコ文化はなくならない――舟橋正剛(シヤチハタ代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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ハンコ技術を活かして

佐藤 確かにユニークな商品を出されていますね。コロナ禍で注目された「おててポン」なんて、非常に面白い商品です。

舟橋 これは2016年に子供向けに開発した手洗い練習用のスタンプです。手のひらにスタンプすると、バイ菌のイラストがつきます。それを石鹸で30秒ほど洗って消します。

佐藤 子供はスタンプを押すのが好きですから、いいアイデアです。消すことを前提としたハンコという意味では、これも自己否定的な要素がある。

舟橋 そうですね。これは名古屋芸術大学さんとスタンプの新しい用途展開を考える産学連携活動から出てきたものです。「おててポン」は、ほんとに30秒は洗わないと落ちないインキを開発して商品化しました。私も何度かやったのですが、普段、大人だって30秒も洗っていないことがよくわかります。

佐藤 せいぜい十数秒でしょうね。

舟橋 これもコロナで注目されて、昨年は前年の30倍くらい売れました。

佐藤 この商品は教育の現場にも入れられるし、まだ手洗い文化が定着していないアジア、アフリカ諸国へODA(政府開発援助)という形で輸出できるかもしれませんよ。

舟橋 弊社はこれまでオフィスでの需要が中心で、基本的にBtoB(企業向け)の取引でした。でもこれから30年、40年のスパンで市場を見ていくと、そこが減っていくことは確実です。ですから「おててポン」のようなBtoC(消費者向け)のエリアにもどんどん入っていかなければならない。特にリーマンショック以降はそれを痛感しています。

佐藤 BtoCの商品は他にどんなものがありますか。

舟橋 「おなまえスタンプ」があります。子供が幼稚園や小学校に入ると、さまざまな教材や持ち物など、何十種類もの物に名前を書かなくてはなりません。それが大変だという声が寄せられたので、プラスチックなどインキを吸収しないものにも押せる名前のスタンプを作りました。

佐藤 生活に密着した商品ですね。

舟橋 これを改良した「おむつポン」という商品もあります。これは乳幼児を持つ社員から「おむつに押せるスタンプがあれば」との声が上がったのが開発のきっかけで、保育所に子供を預けているお母さん方の声を聞いてきたんですね。「油性マーカーでは、複数書くのに時間がかかり疲れる。表面に凹凸があり書きにくい」――それを受けて形にしたのが「おむつポン」です。

佐藤 痴漢対策用のハンコも作られていますね。

舟橋 「迷惑行為防止スタンプ」ですね。電車などで迷惑行為をした人の手に無色透明なUV発色インキ(ブラックライトで発色)でハンコを押すことができる、未然の抑止力を期待したものです。SNSを担当する女性社員がそうした声を拾い上げて生まれたものです。ホームページ上で試験的に販売したのが話題になりました。本格的にどういう製品にするかを考えていたら、新型コロナでみんなあまり電車に乗らなくなってしまいました。

佐藤 郵便局や銀行に置いてある強盗対策用のカラーボールと一緒ですね。印をつけることは、防犯分野でもかなり有望です。

舟橋 そう思います。

佐藤 素材の研究もいろいろされている。

舟橋 素材は弊社の武器です。素材の技術からハンコとはまったく別の製品も生まれています。例えば、「放射線遮蔽シート」「電波吸収シート」などがあります。これはゴムの技術を応用したもので、β線やγ線などの放射線を遮ることができるし、電波も吸収できる。問題はどこにニーズがあるかなんですよ。それが掴み切れていない。

佐藤 盗聴防止や、軍隊の中での利用でしょうね。

舟橋 他にもインキの着色をナノレベルで識別する個別識別技術がありますが、用途を探しています。弊社はわりとプロダクトアウト(作り手優先)的な発想で製品ができてしまうんですね。困ったことに、できてからマーケットを探している。

佐藤 電子印鑑についてもさらに進化しているようですね。

舟橋 ブロックチェーン(分散型台帳)を用いた電子印鑑システムを開発しています。その技術を持つケンタウロスワークス社と、法的知見を持つ早稲田リーガルコモンズ法律事務所との3社で取り組んでいます。NFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)印鑑と呼んでいますが、印鑑の保有データと印影の情報を結びつけて、ブロックチェーン上で証拠を確実に残す。一企業が認証するいまの電子印鑑よりもはるかにセキュリティが高まりますので、BtoBもBtoCも、BtoG(官庁向け)でもさまざまな可能性が出てくると思います。

佐藤 確かに、より公共的な要素が加わりますから、自治体なども利用しやすいでしょうね。

舟橋 そこでもやはり可視化できるハンコの印影が重要です。IT企業が作るシステムは、見た目の「承認の証」がなく使いづらい。またデジタル上でハンコを作ると、丸の中に文字を入れただけの簡単な印影となってしまい、なかなか難しいようです。そこで弊社の技術が必要になる。

佐藤 これはどんどん発展していきそうですね。

舟橋 そうですね。最終的には、20歳になった子供に登録印を作り、それをデジタル上でも使えるNFT印鑑に合体させて、生涯使えるハンコを作れるようになれば、と考えています。

舟橋正剛(ふなはしまさよし) シヤチハタ代表取締役社長
1965年愛知県生まれ。92年米リンチバーグ大学経営大学院修士課程修了。93年電通に入社し東芝を担当、その後長野五輪に関わる。97年、自身の祖父・高次とその兄・金造が創業したシヤチハタに入社。99年取締役、2000年常務、03年副社長を経て。06年41歳で父・紳吉郎より社長を引き継ぐ。

週刊新潮 2021年10月28日号掲載

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