スポーツ界では古橋広之進さんに続き2人目…長嶋茂雄さん、文化勲章受章の意味を考える
長嶋茂雄さん(85)が11月3日の文化の日に、文化勲章を受けることが発表された。野球界からの選出は初、スポーツ界では2008年の古橋広之進さん(水泳)に続いて2人目だ。
11月3日と聞いて、「長嶋さんと縁の深い日だ」とすぐに感慨を抱いた人はもう少ないかもしれない。私も後に「伝説」として知らされた世代だが、それでもその日の快挙はテレビや雑誌で繰り返し見聞きしたものだ。
1957年(昭和32年)11月3日、神宮球場に詰めかけた4万大観衆、そしてラジオの実況に耳を傾ける全国のファンは「長嶋の新記録達成なるか」、期待と不安で胸を躍らせていたという。
六大学野球で通算最多記録タイの7本のホームランを打っている立教大学の主砲・長嶋が、あと1本打てば新記録を達成する。ところが、「あと1本」まで来て、ずっとホームランが出ないまま、秋季リーグ戦の最終カードまで来てしまった。慶應大との2回戦に立教が勝てば、長嶋の大学野球は終わる。チャンスはもうこの1試合しかない。東京六大学野球の人気が、また職業野球と蔑まれもしていたプロ野球よりずっと高かったと言われるその時代、「長嶋の新記録達成なるか」は国民的な関心事だった。
「アイモの音が気になる」
長嶋自身、眠れない日が続いた。後にプロ野球で見せた天真爛漫な活躍のイメージと違い、大学時代はまだ「チャンスに強い男」と自分で認識していなかったのだろう。
「アイモの音が気になるんだ」
ふと洩らした言葉に、チームメイトが仰天した。長嶋の新記録を映像に収めようと、ネット裏からずっとアイモと呼ばれるカメラが打席の長嶋を捉え続けていた。まだ家庭用のビデオカメラなど開発される前の時代。ジーッと鳴る小さな音が打席に立つ長嶋の耳に届き、投球よりそちらが気になって集中できないのだという。
「ベンチにいるオレたちには全然聞こえないけど、シゲには聞こえるのか?」
集中できない、いや、長嶋はネット裏のカメラの音に集中して投球への対応がおろそかになっていたのだ。他の誰にも聞こえない小さな音を聞き分ける長嶋の異常なほどの集中力にチームメイトは改めて長嶋の大物ぶりを実感した。
慶應戦を前に、長嶋は困り果て、学内にある教会の神父さんを訪ね、「あと1本が打てないんです」と弱音を吐いた。
「記録なんて、どうだっていいじゃないか。いつもどおり、大暴れしてこいよ」
その言葉で、「忘れていた大切なことを思い出した」と、現役引退してまだ数年目のある日、単行本の取材の際に長嶋さんが話してくれた。大切なこと、それは「野球を楽しむこと」だった。
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