能役者が観客に殺された? 「狂言」に見る室町時代のリアルーー野村萬斎(狂言師)×清水克行(明治大学教授)
室町時代に誕生した狂言には、古文書に記されない庶民のありのままの姿や人間の普遍的欲望が描かれる。稀代の狂言師・野村萬斎氏(55)と、『室町は今日もハードボイルド』の著者・清水克行氏(50)が語る狂言の魅力、そして、室町時代の民衆のリアルとは――。
***
清水 私は日本中世の民衆史を研究しているので、その材料やヒントを得るためによく狂言を見るんです。
野村 ありがとうございます。
清水 歴史研究者は古文書をもとに研究するわけですが、じつは古文書だけでは分からない部分が結構あります。狂言は今から650年前の室町時代に誕生しましたが、当時の人々のリアルな姿がその中に生きている気がします。
野村 そうですか。
清水 たとえば「お百姓物」といわれる狂言の中に「上頭(うえとう)」という言葉がよく出てきますよね。在京している荘園領主を表すときに使う言葉ですが、これは古文書にはほとんど出てこないんです。
野村 へー。
清水 古文書というのは、いわば公文書なので、彼らのことを「本所(ほんじょ)」とか「領家(りょうけ)」とか、非常に硬い名称で呼んでいるんです。
野村 僕は単に「お上」という意味かと思ってたんですけどね。
清水 そうです。「お上」とか「お偉いさん」みたいな感じで「上頭」と呼ぶのが、むしろ庶民のボキャブラリーとしては一般的だったのではないかと思います。古文書は格式張った言葉を使っていて、狂言の中にこそ庶民の日常的な言葉が残っている。
野村 そういうところはあるかもしれませんね。とはいえ650年経ってますから、当時の狂言がそのまま残っているかというと、そこは要注意かもしれません。たとえば「柿山伏」という曲では、柿を盗む山伏を脅すのに、昔は「おのれ飛ばずば弓矢を持って来い、撃ち殺してのけよ」と言っていたのが、いつしか「鉄砲を持って来い」というふうに変わっている。
清水 たしかに、当時まだ日本にないはずの鉄砲が出てきますね。
野村 いつ変わったのかはわからないのですが、狂言というのは、やはり生きた芸能なので、古文書と違ってアップデートされるんです。
清水 なるほど。そこは気をつけたいところです。じつは言葉以外にも、所作から学べることがあります。佐渡と越後の百姓が年貢を納めるために都に向かう「佐渡狐」という曲があります。そこで年貢を捧げるシーンがありますよね。
野村 はい。物を捧げるところですね。
清水 あれは年貢なのに、何かを扇でぱらっと蔵の前で納めますよね。あれは何なんでしょう。
野村 たしかに祭壇とか棚のようなものがあって、それに対して何かを捧げおくという型をしますね。俵を一俵置くということではなくて、目録のようなものを置く。
清水 歴史研究では、室町時代の年貢は米俵ではなくなって、すでに割符(さいふ)という手形みたいなものになっていることが判明しています。江戸時代になるとまた米俵に戻るんですが、その江戸時代の常識に染まらずに、室町時代の納め方が所作として今に伝わっているとしたら、それはすごいと思うんです。
野村 なるほど。そういうご指摘は大変ありがたいですね。僕らからすると「なんで箸を右手で持つんですか」みたいな話で、あまり考えることもないものですから(笑)。実際、伝承が絶えかけたような曲だと僕らが知らないこともありますし、時に台本や資料の読み間違いや写し間違いも発生するんです。だから時々見直さないといけない。
清水 さきほど芸能はアップデートされるという話がありましたが、歴史学者が語る説もアップデートされるところがあります。例えばひと頃の歴史教科書では、狂言を「下剋上の時代である室町時代の気風を表した演劇」と説明していました。でも最近の室町研究では「下剋上」とはあまり言わないんです。必ずしも下の者が上をやっつけるわけではなく、上の者が下をやっつけたり、庶民同士で足を引っ張り合ったりするのが中世の社会ですから。この「下剋上」史観は戦後の反体制的な民衆史が持て囃された時期の学説なんです。
野村 イデオロギーの時代ですよね。僕が大人として狂言をやる頃にはもう後退していましたが、世の中のニーズに合うように読み替えてしまうということは大いにあると思います。
[1/4ページ]