公明党が初めて中国批判をした背景 「媚中」に自民党内部から不満、選挙対策の側面も
衆院選の投開票日が想定より早まり、にわかに慌ただしさを増す昨今の永田町。各党が選挙対策に取り掛かる中、注目を集めたのは、公明党の選挙公約だった。
今月7日、同党の山口那津男代表が記者会見を開いて“衆院選政策集”を発表。その中で、初めて中国の人権問題に対する懸念が明記されたのである。
政治部記者が解説する。
「公明党といえば、支持母体である創価学会の方針により、中国共産党批判は長らくタブー視されてきました。実際、これまでの選挙公約でも、外交政策は中国・韓国・ロシアなど近隣諸国についてまとめて言及されるのがせいぜいだった」
そもそも、学会と中国共産党との蜜月には50年近くの歴史がある。きっかけは、1974年に池田大作氏(現・名誉会長)が2度目の訪中をした際のこと。池田氏はがんに冒されていた周恩来首相に請われて、急遽会談。以来、学会は“日中友好の懸け橋”を自任してきたのだ。
「ただ、最近はチベットやウイグルでの民族粛清など看過できない人権問題が続出。日本共産党にまで“毛沢東を一番礼賛していたのは公明党”などと嫌味を言われる始末です。それでも公明党は“池田名誉会長の偉業を批判することに繋がる”と、表立って中国共産党を批判することはできずにいました」(同)
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