日用品の会社から「空気ビジネス総合企業」へ――鈴木貴子(エステー代表執行役社長)【佐藤優の頂上対決】

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森の空気を世界へ

佐藤 空気は国内だけではない。海外はいかがですか。

鈴木 当然、展開していきたいですね。人口が減っている国内だけではジリ貧になるのが目に見えている。日用品の花王さんやユニチャームさん、弊社と親しくしているフマキラーさんなどは、60%、40%と海外比率がどんどん高まっているのに、弊社はまだ6%ほどしかない。

佐藤 きれいな空気を作っていくのは日本文化でもありますよね。日本人は匂いへの感覚が鋭敏です。一方、ヨーロッパは違います。ダンテの『神曲』を読むと、地獄には何重もの階層があって、ダンテとウェルギリウスが下へ行けば行くほど悪臭がキツくなるんですね。二人はこの臭いをしっかり吸って慣れようとする。

鈴木 慣れるんですか。

佐藤 慣れることが解決策なんです。ソ連時代のモスクワの空港に着くと、オクタン価の低いガソリンと尿が混じったような臭いがしました。家の中ではニカワを糊にした本からすえた臭いがする。でも彼らもダンテと同じく慣れることでやり過ごしてきました。だからそこに大きなビジネスの可能性がありますが、文化ギャップも大きいですから、どうやって入っていくかを考えないといけない。

鈴木 空気ビジネスは、既存の香料を使った芳香剤や消臭剤だけではなく、もっと未来型のエアケアも考えているんです。その一つがクリアフォレスト事業です。

佐藤 森ですか。

鈴木 はい。森の中は空気がキレイでしょう。それがどういう仕組みなのか突き止めようと、弊社のグループ会社・日本かおり研究所が国の機関・森林総合研究所とともに研究してきました。日本中の樹木の枝葉を集めてきて樹木液を抽出し、その臭気成分、香気成分を分析してみた。するとある種の針葉樹の中には独特の成分があって、空気中の二酸化窒素を低減することがわかったんです。

佐藤 二酸化窒素は車の排気ガスとかタバコの煙に含まれているものですね。

鈴木 そうです。大気汚染の主要因の一つです。研究の結果、空気中で二酸化窒素と結びついて無害化するのはβ―フェランドレンという成分で、それが北海道のトドマツに多く含まれていることもわかりました。この物質は二酸化窒素を低減するだけでなく、消臭機能も高く、人をリラックスさせる鎮静効果や抗酸化機能もあります。

佐藤 素晴らしい物質ですね。

鈴木 最近の研究では、この物質が花粉につくと、花粉が体内に入っても抗原抗体反応が生じにくくなることがわかりました。

佐藤 花粉症にも効くのですね。

鈴木 いまこれを事業化しようと、釧路に抽出プラントを作りました。トドマツの間伐材を集めて、そこからエッセンシャルオイルとエッセンシャルウォーターを抽出し、残ったものはすべて粉末状のパウダーにする。全部、使い切ります。

佐藤 だから環境にもいい。

鈴木 はい。森の恵みを人間の社会に還元するという事業自体が循環型ビジネスで、しかもゼロエミッション(排出ゼロ)です。これを一般の家庭のみではなく、業務用や公共空間に供給していきます。まだ業績に貢献できる段階ではありませんが、これは私のモチベーションを一番高めてくれる事業です。

佐藤 釧路なんですね。釧路は炭鉱がなくなった上に漁業もたいへんで、いま新しい雇用の創出が大きな課題になっています。

鈴木 釧路市とは包括連携協定を結んで一緒にやっています。

佐藤 釧路市長は蛯名大也(えびなひろや)さんといって、もともと長く鈴木宗男議員の秘書を務めた人なんですよ。

鈴木 佐藤さん、よくご存知なんですね。私は、鈴木宗男さんのお嬢さんと同姓同名です。一度、お目にかかったことがあります。

佐藤 だから釧路でやるのが一番いい。そのお名前を見て、きっと蛯名さん、背筋がピッと伸びたんじゃないでしょうか(笑)。市もしっかり取り組んでくれるでしょうから、これからの展開を楽しみにしています。

鈴木貴子(すずきたかこ) エステー代表執行役社長
1962年東京都生まれ。上智大学外国語学部卒。84年日産自動車入社。90年仏化粧品会社に転じたのち、伊ラグジュアリーブランド2社を経てルイ・ヴィトンジャパングループ入社。2009年デザインコンサルティング会社設立。10年にエステー入社、3カ月後に執行役となり12年取締役兼執行役、13年より取締役兼代表執行役社長。

週刊新潮 2021年10月21日号掲載

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