日用品の会社から「空気ビジネス総合企業」へ――鈴木貴子(エステー代表執行役社長)【佐藤優の頂上対決】
高単価路線を成功させる
佐藤 このエステーには、叔父の喬(たかし)社長から「日用品でデザイン革命をやらないか」と言われて、呼ばれたそうですね。
鈴木 はい。最初はコンサルタント契約という形でした。そこで「自動でシュパッと消臭プラグ」を外部の事務所にデザインしていただいた。それが2009年のことで、翌年、正式に会社に入りました。
佐藤 この時、喬社長は後継者にしようと考えていたんでしょうか。
鈴木 どうなんでしょうね。私がどういうことをやってきて、どのくらいのスキルがあるかは知らないまま誘ったと思うんですね。だから可能性としてはあったかもしれませんが、社長をやれるという確信はまったくなかったと思います。
佐藤 それまでとはまったく畑違いの会社です。入ってみて、いかがでしたか。
鈴木 驚きましたね。ブランドを大切にするとか、その価値を上げるとか、そうしたことがまるで考えられていない。それどころか、ブランド名をあえて小さく、隠すようにつけるなど、ブランドを粗末にしていたんです。私が働いてきた会社では考えられないようなことがいろいろあって、唖然としました。
佐藤 職人の雰囲気というか、良いものを作ればそれでいい、という感じだったんでしょうね。
鈴木 そもそもブランドという概念がきちんと理解できていなかった。しかもお客様の方を向いていない。また、WTP(Willingness to Pay=製品やサービスに対して消費者が喜んで支払う価格)を上げようともしていなければ、コストを下げる努力もしていなかった。やっていることは、流通に対してリベートを払って、結果的に売価を下げていただけで……。
佐藤 会社の中にいると、自分に都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする正常化バイアスが働きますから、おかしなこともそれが当たり前になってしまう。
鈴木 でも外の世界から入ってくると、それはもう異常でしたよ。流通の卸さんや小売業さんの言いなりになっている。彼らのPB(プライベートブランド)まで作っていました。
佐藤 最初から腕の振るい甲斐があったわけですね。
鈴木 製品開発にしても、競合他社ばかり気にしていました。あそこが出した新製品よりもちょっといいものを少し安く、という感じで、開発が行われていた。お客様の未充足なニーズや潜在的に求めているものを掘り起こしていこうというアプローチもなかったんです。
佐藤 当時、会社の調子はあまりよくなかったのですか。
鈴木 私がコンサル契約した2009年は減収減益で、2013年、社長に就任した時も売り上げは頭打ち、どんどん利益が落ちていました。
佐藤 大変な時にバトンを受け取ったわけですね。
鈴木 商品の6割は利益が出ないのに拡販費を出していました。ただ逆に考えれば、それらを一つひとつ正していけば、オポチュニティ(好機)がある。現在のリソースだけでも、もっと伸びるだろうとは思いました。
佐藤 どこから手をつけたのですか。
鈴木 やはり社員を巻き込まなければ何もできません。特に新商品開発は、研究開発部門を動かすことが必要です。そこでまずは情緒的価値、デザインや香りを刷新することから始めました。これなら一握りの開発部員や事業部員でできますから。
佐藤 上手いやり方ですね。
鈴木 そのチームで、最初はデザインも香りも上質だけれども、ほんの少しだけ高い商品を作りました。営業は「そんなの、売れっこない」と猛反発しましたが、それを振り切って強引に上市した。それがちょっとしたヒットになったんですね。そこからみんなの反応が変わってきました。
佐藤 鈴木社長は高単価、高付加価値路線を打ち出されていきます。そこにはもちろん、ヨーロッパのラグジュアリーブランドでの経験があると思いますが、エステーはファッションではなく日用品の会社です。その路線にどのくらい勝算があったのですか。
鈴木 すごく勝算があったわけではないですね。ただ高単価といっても298円のものを1万9800円で売るわけではない。3割増しで、298円が398円になるくらいの価格差だったら、買う人はいると思いました。お客様の立場になった自分なら買うだろう、と判断できる商品でしたから。
佐藤 そこはマーケティングをやってこられた経験が生きている。
鈴木 ただ男性社員はそういう感覚がわからないわけです。値上げすると流通さんから怒られるとか、いまは298円が当然とか言って、私を説得しようとする。私からすれば、そうしたみんなの常識をうまく変えられれば、新しい何かを始められると思いましたけれども。
佐藤 確かに「消臭力プレミアムアロマ」など、消臭剤とは思えないエレガントなパッケージですものね。うちには猫が6匹もいるので、常時、黒いパッケージの「消臭力」を使っています。
鈴木 ベルベットムスクの香りですね。ありがとうございます。
[2/4ページ]