「なぜかやたらと職務質問される人」の傾向とは 元警察官作家による職務質問講座(第4回/全4回)

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 少し前に話題になった動画にこんなものがあった。ドレッドヘアの男性が職務質問をしてきた男性警察官と押し問答をしている。どうやら男性はこれまでにも何度も職務質問をされたことがあり、それが不満だったようである。

 なぜ自分にばかり声をかけるのか――そんな不満に警察官がうっかり「ドレッドヘアの人は薬物をやっていることがある」といった趣旨の答えをしたところまで録画されていたため、動画を見た人からは「差別ではないか」という声も上がっていた。

 ドレッドヘアと薬物の相関関係はさておいて、「やたらと職務質問される」タイプの人は存在しているようだ。最近では人気の漫才コンビ「見取り図」の盛山晋太郎が、週に3回職務質問されたというエピソードをテレビで披露していたことがある。

 一方で、生まれて一度もされたことがないという人も多い。

 どういう人が警察官のアンテナに引っかかるのか。今回も元警察官の作家、古野まほろ氏に解説してもらおう。古野氏は警察大学校において職務質問担当部門の教授を務めたこともある。「元警察官による善良な市民のための職務質問講座」第4回のテーマは「不審者とはどういう人か」である。

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不審者とは何か

 何度も声を掛けられるタイプの人と、一度も声を掛けられないタイプの人がいるというのは本当でしょうか?

「そういう説は私が警察官の頃からよく聞く『警察神話』の一つですし、結果としてそういう傾向があるのは事実です。ではなぜそういうことになるのでしょう。

 ここで、職務質問の対象者の一パターンが『不審者』であることは以前もご説明しました。では不審者とは何か。法律上(警察官職務執行法第2条第1項)にはこうあります。

『異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者』

 これを実務の視点で分解すると、要は(異常な挙動)と(周囲の事情)の両方から判断するということです。両方の掛け算と言ってもいいでしょう。

(異常な挙動)×(周囲の事情)=不審性

 という式が成り立ちます。

 この式をかなり乱暴に言い換えると、不審性とは要は、『挙動を観察したとき、TPOにそぐわない』と感じられる、そういう観察の結果だ、ということになります。

 しかしこういう観察は、警察官に限らず、市民も日頃から無意識に行っているのではないでしょうか。たとえばコンビニの店員さんは、『あっヤバい人だ』というタイプのお客さんを瞬時に観察し、感じ取っているはずです」

 では、警察官はどこを見ているのか。具体的なチェックポイントは存在するのか。

「先ほど述べたように、あくまでも(異常な挙動)と(周囲の事情)との掛け合わせによって判断するので、単純なチェックリストのようなものは存在しません。俗説としては、『こういう人は不審者扱いされて、職務質問をされる』といった解説がなされています。例えば、

●刺青(いれずみ)をしている ●夏に長袖を着ている ●前歯が抜け落ちている ●急に靴紐(くつひも)を直す ●警察官を見て反転する ●ガタガタの高級車に乗っている ●自転車の前カゴを覆(おお)っている ●金髪・茶髪で一見ミュージシャン風である等々。

 もちろんこういう人を不審者と判断して職務質問を掛けて、実際に犯罪者だった、ということもあると思います。

 しかし、だからといってこれを一般化して判断基準と考えることには実務上、まるで意味がないのです。そんな単純な基準で職務質問を掛けたところで成果は得られません」

なぜ何度も声を掛けられるのか

 それでは「何度も声を掛けられるタイプの人」にはどういう特徴があるのだろうか。

「そういう人は、大きく分けて次の二つのタイプになると思います。

(1)無意識的にTPOから浮くことを止められない人

(2)解ってはいてもTPOから浮くことを止められない/止めたくない人

 あくまでも一つのイメージとして言えば、(1)は生活習慣としてファッションにも清潔さにもこだわらない人、行動パターンとして目的なく繁華街をうろうろするのが大好きな人、などが当てはまるかもしれません――念のために申し上げておくと、それだけなら不審とは言えませんし、それは個人の自由です。

 また(2)のほうは、暴力団員としてのメンツ・文化を保持しなければならない人、要するにヤクザっぽさを演出しているような人はそうですし、あと、止めたくても覚醒剤を止められない人もそうでしょう。

 ただし、くどいようですが、(1)(2)だからといってすぐに職務質問を掛けられるかというと、そんなシンプルな話ではありません。最終的にその挙動がTPOから浮いている、と裁判所に主張できるか、その説明が言語化できるレベルでなければなりません。

 まったく身に覚えが無いのに何度も職務質問されるという方は本当にお気の毒ですが、このレベルに達していると見られてしまっているということになります。

 そして、『前回も答えたじゃないか』と思う気持ちもよくわかるのですが、そういう人に対して『常連だからいいだろう』などと警察官が判断することは許されません。それはかえって『常連さん』を優遇することになるので不公平です。そもそも前回何も持っていなかったからといって、今回も同じだなどど勝手に判断していいはずがありません。

『不審性は全く変わらないけれど、今日は面倒だから止めとくか』とか『今日はヒマだからやるか』などという判断をしてはいけないのです。

 ただ、何度もされる側からすればご不満でしょうし、たまったものではないでしょうから、なぜ自分ばかりが、ということについて警察官に問いただしてみるのは悪いことではありません。理由がわかって、自分の行動をちょっと変えれば解決するようなことであれば、変えてみることで無駄なストレスを減らすことができるかもしれませんから」

「不審者」を装っても職務質問されなかった

 ここまでの解説を読んでも、「そうはいっても、結局は相手の『見た目』だけでどんどん声を掛けているんじゃないの」と疑う方もいるかもしれない。しかし、そんなことはない、と古野氏は自身のエピソードをもとに語る。

「警察官時代、職務質問の実態把握と現場経験を積むために、あえて職務質問をされる経験を積んでみようと考えたことがありました。

 そのために勤務時間外や休日等に時間を作って、わざと小汚い不審な格好で、交番の前をうろちょろしたり、街頭で遭遇した制服警察官と何度もすれ違ってみたりしたのです。なるべく深夜に。例えば素足にすり切れた雪駄(せった)履き、よれよれのワイシャツにボロボロのデニムで。髪もボサボサで。

 偽計(ぎけい)業務妨害になったらどうしよう、などと思いつつ、こんなことを合計で10日以上はやってみたのですが、結論を言えば一回も職務質問をされませんでした。その後も私は一度も職務質問を受けたことがありません。

 こういうことからも、先ほどご説明した、単純なチェックポイントは無いということをご理解いただけるのではないでしょうか。

 実はこれは私だけの経験ではなく、まったく別の警察官も同様の経験をしたと聞いたことがあります。その人は私以上に徹底していて、靴下を片方しか履かないとか、左右バラバラのサンダルを履くとか、いかにも怪しげな紙袋を下げておくとか、事前に飲酒して酒気(しゅき)をぷんぷんさせておくとか、よくそこまで、というくらいにいろいろやってみたそうです。しかしながら、やはり職務質問を受けることは無かったそうです。

 この方は普段の風貌もどちらかというとやさぐれた感じで、あまり警察官と見られることは無いタイプでした。そういう人がそこまでやっても不審に思われなかったわけです」

 こう聞くと、余計に「何の覚えもないのに何度も職務質問される人」は理不尽な気持ちになるかもしれないが……。

 もちろん、単にその街のその警察官に見る目が無いだけ、という可能性も否定はできない。しかし第2回で触れた通り、職務質問から検挙に至るケースは多く、それが街の治安につながっているのもまた厳然たる事実なのである。

古野まほろ
東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書の著書多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事、小説の著書多数。

デイリー新潮編集部

2021年10月25日掲載

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