城下町はグルメの宝庫? 現存する「12天守」とともに楽しめる郷土料理一覧
外せない城下町グルメ
さて、せっかく城を訪れるならご当地グルメも堪能したい。郷土料理や伝統料理は、城や城下町と関わりが深い。
松江城下の名物となっている出雲そばは、城主の国替えにより生まれた名物だ。1638(寛永15)年に松本城主から松江城主となった松平直政が、信濃からそば職人を連れてきたのが発祥とされる。風土の違いにより独自の蕎麦が生まれ、やがて、3段重ねの丸い器に盛る割子(わりご)そばが誕生した。蕎麦の発祥とされるのは、松本城下で必食の信州そば。国宝天守と蕎麦、どちらの城もセットで楽しみたい。
丸岡城を訪れたら味わいたい越前そばは、越前辛味大根のおろしがのる。古くは戦国時代に、越前の朝倉孝景が飢饉や非常時の食としてそばの栽培を奨励したとされ、江戸時代にも福井藩が栽培を奨励した。
備中松山城下の銘菓「柚餅子(ゆべし)」は、幕末に逼迫した藩の財政再建と藩政改革を成功させた山田方谷(ほうこく)ゆかりの銘菓だ。城下の家々に柚子の植樹を奨励し、採れた柚子を使った柚餅子を江戸や大坂に販売した。
彦根城下で味わえる近江牛も、発祥は食肉禁止の江戸時代。彦根藩士が「反本丸(へんぽんがん)」なる牛肉の味噌漬けを考案し、養生薬として将軍に献上したのを機に各地で食べられるようになった。陣太鼓に使う牛皮の献上が彦根藩の慣例であり、幕府に牛の屠畜を許可されていたからこその発明だった。やがて乾燥牛肉も製造され、彦根城主から将軍や諸大名へ贈られた。
日本一の生産量を誇る弘前のリンゴ栽培は、明治維新後に新たな産業として発展。失職した旧弘前藩士の困窮を防ぐため、剪定用の鋏は城下の鞘職人または鍛冶職人が開発したという。
松山城と宇和島城では鯛めしの食べ比べを。松山城下の鯛めしは炊き込みご飯だが、宇和島の「宇和島鯛めし」は、新鮮な真鯛の刺身をタレと絡めてご飯にのせる。同じ伊予でも食文化が異なるのがおもしろい。
高知城下の必食は、新鮮な鰹のたたき。丸亀城下では、1200年超の歴史がある讃岐うどんを豪快にすすりたい。
城下の風情ある空間でのひと時も捨てがたい。姫路城の西御屋敷や武家屋敷跡に整備された「姫路城西御屋敷跡庭園 好古園」は、姫路城天守が借景。園内のレストラン活水軒では、庭を眺めながら播州名産の穴子などが味わえる。犬山城の東側にある「有楽苑」は、織田有楽斎が建てた国宝の茶室・如庵が移築されている日本庭園。重要文化財の旧正伝院書院では犬山焼の茶器で呈茶(ていちゃ)がいただける。
名物料理にも、城や歴史を繙(ひもと)くヒントがある。美しい天守とともに、逸品を堪能するのも一興だ。
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