「少子化」だけが理由ではない中国「学習塾規制」本当の狙い

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 2021年、中国は波瀾万丈の幕開けを迎えた。新型コロナウイルスの傷が癒えない世界各国の中で、唯一ポスト・コロナの時代に突入したかに見える中国だが、中央政府はこの機に大規模な国家改革へと乗り出した。独禁法違反に対する取り締まりから始まり、個人情報に関するセキュリティ審査、海外上場の規制、学習塾の非営利化方針、未成年に対するゲーム時間の制限、芸能界に対する規制など、わずか数カ月で立て続けに新たな政策を打ち出した。

 本稿では教育にフォーカスし、その政策の変遷に照らし合わせながら、学習塾非営利化の元となった政策と、教育業界全体に対する規制、そしてその裏にある中央政府の政策ロジックについて解説していきたい。

理由は「三人っ子政策」だけではない

 まず、日本でも度々報じられている中国教育産業の崩壊について、その根拠となるのが中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁が発表した「義務教育段階の学生の宿題負担及び課外研修負担のさらなる削減に関する意見」(宿題負担と課外研修の負担を削減することから、通称“双減”と呼ばれる)という政策になる。今回の政策において、特に注目するべき点は二つある。1点目は義務教育段階において、学科類と呼ばれる国語や、数学、英語などといった基礎科目に関する研修機関(指導塾)は全て非営利化すること。2点目は学科に関する研修機関――事実上、教育サービスを提供する企業の上場を禁じたことだ。

 昨年年初には新型コロナウイルスの出現により、オンライン教育全体が脚光を浴び、中国でもEdTech(Education Technology)は消費や、バイオと並んで最も投資を集めた領域だった。しかし、双減政策の発令によって教育株は軒並み暴落。8月31日には学習塾大手である「巨人教育」が経営難に陥り、倒産を発表した。

 なぜこのような状況に陥ったのか。日本では、5月31日に発令されたばかりの少子化対策である三人っ子政策推進に紐付ける見方が多い。

 もちろん世界随一の学歴社会中国において、子どもの養育費を賄えない若者の間では、子どもを作らない共働き家庭が増えている。都市部の比較的裕福な家庭はともかく、未だ月収1000元(1万7000円前後)以下の生活をしている中国国民の4割(6億人)にとって、高騰する教育費を負担するのはほぼ不可能だからだ。

 しかし、それ以上に今回の双减政策の目的は「教育資本化」の回避と、「教育公平性」への原点回帰だと思われる。

対策の出発点となった2018年全人代

 近年の教育改革の変遷を時間軸で辿ると、双減政策は7月24日に「突如」発令されたものではないことがよく分かる。

 負担を減らすという意味での“减負”は、2018年3月に開催された第13回全国人民代表大会(全人代)第1次会議にて、当時教育部部長(大臣)を務めていた陳宝生が五つの減負について言及し、そのうち学外の研修機関に対しては規制を強化することを明言した。なぜなら、この時期から学習塾やオンライン教育サービスの競争が激化し、子どもを持つ家庭に対して不安を煽るような広告での売り込みが問題視されたからだ。本来、教育の公平性を推進するべき教育サービスのはずが、資本によって歪みが生じ、子どもや親に対する負担を増やし、学校の教育方針とも矛盾が生じ始めていたため、教育部が問題提起を行った。

 全人代の第1次会議閉幕後、教育部は学外の研修機関に対する規制案に取り掛かり、2018年3月29日に政策方針を発表。その後、4月20日から27日にかけて、中国全国の地方政府が関連の規制条例を発表し、一斉に研修機関に対する取り締まりが始まった。

 ところが、規制案自体は無登記で運営している違法塾などに対する取り締まりに一定の効果があったものの、その他の研修機関についてはこれまで通りの運営が続いた。

 同年7月6日、中国政府の司令塔的な存在である中国共産党中央全面深化改革委員会(深改委)の第3次会議が開催された。ここで再度議論に上がったのが学外の研修機関に対する規制案だ。担当省庁である教育部の議論から中央政府の議論へと格上げされたことは、より強力な政策措置が施されることを意味し、中国政府の教育改革に対する決心が示されている。

 この会議で決まった取り組みが「学外研修機関の発展に関する規制の意見」。先の全人代においても、各種の教育减負について問題提起されていたが、これまでの条例はあくまで研修機関に対する監査がベースとなっていた。しかし、この深改委の取り組みでは、既存の規制以外にも、学習塾の運営時間や、料金の請求方法などについても言及。さらには、学校教育をメインに据え、教育の公平性を担保するべく、学習塾に対しては国の教育指導要領を超えた教育を実施しないように規制する条項も盛り込まれている。

 翌年7月には、中共中央、国務院より新たに「義務教育レベルを全面的に向上させるための教育指導改革に関する意見」という政策が発表された。これまで研修機関への規制をベースとした政策とは一転し、学校教育の側面に言及した内容となっている。中でも「教室を主陣地として、授業の教育レベルの向上に努める」という内容は、今年発令された政策の前触れとも理解できる。

 2020年は、新型コロナウイルスの影響もあり、大幅な政策変動はなく、むしろオンライン教育の普及による恩恵から、教育業界全体が飛躍を遂げた1年になる。中国の企業データベースである天眼査によると、2020年には52万社もの教育企業が誕生し、業界全体で1164億元(1.97兆円前後)ほどの資金調達金額があったとされる。特に中国の二大EdTech企業である作业帮と猿輔導は、コロナ禍で順調に事業を伸ばし、それぞれ23.5億米ドル(2567億円前後)と35億米ドル(3899億円前後)を調達している。

 2021年に入っても、これらの教育企業は順調に売り上げを伸ばしていた。2016年までわずか1%だったオンライン教育化率も、コロナ禍で15~17%へと急激に上昇し、2021年には横ばいながらもその数値を維持していた。米ニューヨーク証券取引所に上場している中国のEdTech企業であるガオトゥー(Gaotu)の決算資料を見ても、2018年に3.9億元(66億円前後)だった売上高は2020年に71億元(1206億円前後)に急成長し、その業界全体の好調ぶりを裏付けた。

 さらに新たな企業も続々と誕生した。これらの企業は、ユーザー獲得のため、生き残りをかけて広告費用を積み重ねた。先に挙げたガオトゥーの決算資料からも、2019年の販管費が15億元(254億円前後)に対して、2020年は58億元(985億円前後)と約3.5倍に膨れ上がった。

  事態を見かねた政府は、今年4月25日にニュー・オリエンタル・エデュケーション(New Oriental)やガオトゥーなどといった大手教育企業に対して、虚偽の広告を表示したとして、それぞれ50万元(851万円前後)の罰金を科した。翌月には再度、費用の不当表示で前述の作业帮、猿輔導に250万元(4259万円前後)の罰金が科されたが、これはあくまで序章に過ぎなかった。

 5月21日、深改委の定例会議である第19次会議が開催された。議題に上がったのは科学技術に対する評価システムと、医療サービスの価格改革、そして「学生の宿題負担と、学外研修負担の減少」についてだった。特にこの議案の中には、2019年7月に発令された政策における「教室を主陣地として、授業の教育レベルの向上に努める」という文言が、「学校教育が主陣地として、作用を発揮できるように強化する」という言葉に置き換えられていると同時に、学習塾がもたらす「学内減負、学外増負」の問題を根本的に解決するため、研修機関に対してさらに規制をかけていくことを明言、議案は可決された。この会議の前にはタイガー・グローバル・マネジメントや、ヒルハウス・キャピタルなどといった海外機関投資家が保有する中国教育株の全てを手放し、教育業界を騒がせた。

「職業教育」による社会分業も推進

 教育の原点回帰は、子供たちの能力開発の面からも喫緊の課題だ。

 「これまで学習塾は急激な成長を遂げ、学校教育が担うべき機能は塾に取って代わられたかのように見えます。しかし、塾では学生に機械的な学習方法を覚えさせるなど、教育の本質とは程遠い受験対応の指導が施されてきました」

 こう語ってくれたのは、北京市のある名門校の黄先生(仮名)だ。最近の学生は試験問題への対応には優れているが、創造力を発揮する必要性がある問題に対しては、ほぼ全ての学生がその場で固まってしまうという。 

 これまでは、試験問題一つとっても、なぜそのような答えに至ったか、教師がそのプロセスを重視する指導をしてきた。だが、学習塾やオンライン教育が正答率と解答を導き出すテクニックをあまりに重視したため、受験特化型の学生しかいなくなってしまったと危惧されているのだ。

 こうした弊害は、社会分業の観点からも中国政府の意識に上っている。双減政策が発令される1カ月前の6月、第13回全人代常務委員会第29回会議では「職業教育法」の改正案が25年ぶりに提出された。法案には「職業教育と普通教育は同等に重要である」という文言が明記されている。さらには、企業に学校運営への参入を促しており、これには教育の段階からの分業制を推進する目的があると考えられる。

 中国には古来から孔子が唱えた「因材施教」(教師は学生の状況を鑑みて個別化した教育を実施し、学生の個性を最大限に活かすべきという主張)の思想がある。小手先のテクニックを教える学習塾やオンライン教育を利用した“抜け道”で大学に進学するのでなく、専門学校への進学や、就職などといった新たな道を子どもたちに見出させ、社会分業を推進していくことも双減政策の目的の一つではないかと黄先生は語ってくれた。

教育市場は2030年に20兆円規模に

 中国の教育産業は崩壊するのか? 答えはノーだ。

 米投資銀行モルガン・スタンレーは、AST(放課後学習)への制限が厳格に実施される一方で、職業教育と高等教育は、これまでにないスピードで急速に成長すると予測している(8月29日に発表されたリサーチペーパー「Opportunities amid Industry Reset」)。従来の高校以外にも、専門高校や私立高校が増えていき、職業教育についてはすでに就職した人々のリカレント教育も有望な市場になるからだ。

 中国では現在、農業に従事している国民2.86億人のうち約70%が中等教育以下の学歴であり、彼らが職業教育に参加することで新たな市場が生まれる。教育市場全体では、これまで年間8%前後を維持していた市場の成長率は2021年こそ双減政策によって6.8%に落ち込むが、それ以降は2030年まで平均6.3%の成長率を維持するとモルガン・スタンレーは見通している。2020年に6685億人民元(11.35兆円前後)だった市場は、2030年には1.23兆人民元(20.9兆円前後)に達する。

 中国の教育大改革はまだ始まったばかりだ。引き続きどのような関連政策が打ち出され、中国のみならず、世界の教育市場にどのような影響を及ぼすのか、今後も注視していく必要がある。

夏目英男
1995年、東京生まれ。両親の仕事の関係で5歳で北京移住。2017年清華大学法学院及び経済管理学院(ダブルディグリー)を卒業。2019年、同大学院公共管理学院(公共政策大学院)卒業後に帰国。日本の政府機関で日本と中国をつなぐ事業に従事する傍ら、中国の若者トレンドやチャイナテックなどについての記事を執筆。現在、日本の独立系ベンチャーキャピタルにてスタートアップへの投資や、投資先の支援業務などを行う。著書に『清華大生が見た最先端社会、中国のリアル』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

Foresight 2021年10月3日掲載

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