理論物理学者・橋本幸士の「一生の相棒」とは 10年ほど使い続けた一本のシャーペンの思い出

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ある日、相棒が「アップルペンシル」に

 僕は高校2年生の頃から大学院博士課程の中途まで、ある特定のシャープペンシル一本だけを使っていた。サクラノックスNS100の黒、0・5mmのシャーペンだ。この一本で、大学受験から大学での勉学、そして大学院修士課程での研究と修士論文、全てを行った。僕との総接触時間は2万時間を超えると評価される。

 このシャーペンは、使いすぎたため手の脂が染み込んでテラテラと光る。人目には汚いペンである。しかしその使いやすさは尋常でなかった。僕の使いやすさは回しやすさも含んでいる。ペンを持ちそれを片手で指の間をクルクルと何種類もの方法で回すこと、それが容易にできる重心バランスや軽さやグリップが備わっていた。

 その後は大学から支給されたパイロットのハイテックCというゲルインキペンを20年使った。これは心地良すぎて、海外で1年研究をしている時に足りなくなり、日本の友人に届けてもらったほどだ。インクがなくなると新しいペンに交換するから、相棒の定義では評価が低くなってしまう。

 2016年2月、それがアップルペンシルに置き換わった。ある日唐突に新技術により完全に置換されたのだ。それ以来ずっとそいつが相棒だ。僕のあらゆる計算がすべてそいつから紡ぎ出されている。相棒は賢い。数式を複製できるので、書き写しミスによる計算間違いが激減した。そして紙が必要なくなった。けれども、時々充電のために休ませてやる必要がある。相棒が休んでいる間は、僕は空(そら)を見て考える。

 理論物理学者としての自分の生成作品、すなわち物理概念が、すべてこの3種の相棒から紡ぎ出されてきた事実。そう、相棒は、相棒ではなく、もはや自分なのだ。

橋本幸士(はしもと・こうじ)
1973年生まれ、大阪育ち。京都大学大学院理学研究科教授。近著に『物理学者のすごい思考法』。

2021年10月1日掲載

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