税制大改革で何が変わる? 知っておくべき「相続税」「贈与税」対策
「広く薄く」徴収
以上の通り、生前贈与に関する特例は徐々に縮小・廃止される流れにある。また暦年贈与に関しては、贈与者の死亡から3年以内の贈与は相続資産に「持ち戻し」されると先に述べた通り。こちらも、ただちに制度自体が廃止されることはないとはいえ、持ち戻しの期間が近々「5年」「10年」と厳格化されないとも限らない。
そうした懸念があるとはいえ、ひとまず現在の制度に則(のっと)りつつ、贈与と相続、どちらが自分たちにとって得なのかを把握しておくことは重要である。すなわち「節税分岐点」である。
「たとえば、夫婦と子ども2人の家庭で、夫が現預金5千万円、不動産で5千万円の計1億円の財産があったとします。夫の死後、法定相続通りに相続を進めると相続税の総額は315万円。実質負担率は3・15%となります。これに対し、贈与した場合の実質負担率は160万円で3・125%です。つまり、毎年160万円より少ない金額を子に贈与すれば、相続させるよりも負担が少なくて済むわけです」(同)
“節税”したい方は、それを必ずしも是としない政府の思惑がこれ以上顕在化しないうちに、少しでも実行に移して暮らしに役立てたいということになろう。
立正大学特別研究員で税理士の浦野広明氏が言う。
「相続税の役割は、財産の不均衡を是正し、社会全体にならして還元することです。もし相続税がなければ一部の富裕層に財産が集まり、他の人たちはわずかな貯えで日々をしのぐことになってしまいます。そうした富の偏在を防ぐため、課税で財産の一部を国に帰属させ、それを分配していくことが必要となります」
そのため相続税では、累進性の強化が不可欠だというのだが、
「現在の税制改正のあり方は、富のピラミッドの中で頂上からしっかり取るのではなく、すそ野を拡大して広く薄く取っていく方に向かっているように見えます。15年から基礎控除額が大きく引き下げられ、『5千万円+1千万円×法定相続人の数』から『3千万円+600万円×法定相続人の数』となりました。これによって多くの人が相続問題の当事者となり、トラブルに発展するケースも多くなったのです」
昨今の目まぐるしい税制改正についても、
「一つ一つの理由はもっともだとしても、導入のタイミングがバラバラでは混乱を招きます。相続のルールが時代に合わなくなっているとはいえ、毎年のように変えていくと人々はかえって不安になり、焦って間違った相続対策をしてしまい、親族間で禍根を残すこともあり得ます。相続税が身近になった以上、政府には分かりやすく周知していく努力が求められます」
来るべき将来、年金など社会保障の原資が枯渇するのは論を俟(ま)たない。財政再建を考えれば税制改正は喫緊の課題であるとはいえ、特例の廃止といった「ムチ」ばかりではなく、時には期限延長などの「アメ」も施すあたり、選挙を睨(にら)んだご都合主義と捉えられても仕方あるまい――。
さてそんな折、4月には国会で改正不動産登記法が成立した。これまで不動産を相続した後の名義変更は任意であり、手間や出費を惜しんで登記を書き換えないケースは無数にあった。実際に現在、所有者不明の土地は国土のおよそ2割にのぼるというのだが、こうした現状はひとまず改善されることになろう。
相続実務士で「夢相続」代表の曽根惠子氏が言う。
「不動産は預貯金や金融資産とは異なり分け方が難しく、評価や分割方法をめぐって相続人同士がトラブルになることも多々あります。かつて土地は価値のある財産として“持ち続ければ値上がりする”という土地神話を作り出していました。ですがそれも崩壊し、遺産分割に際しては争いの種になることもある。今や“負動産”という呼び名まで出てきたくらいです」
誰も引き取りたがらない物件が増える中、空き家や所有者不明の土地も目立ち始め、近隣トラブルや衛生上、防犯上の問題も深刻化している。
「そうした問題を解決するため、今年の4月に法改正で相続登記が義務付けられることになったのです。今後は、相続を知ってから3年以内に登記しないと10万円以下の過料に処せられることになりました。また、結婚して苗字や住所が変わった時にも、2年以内に変更登記しなければ5万円以下の過料となります」
今回の改正を受け、曽根氏のもとにも少なからず相談が寄せられているといい、
「30年も“塩漬け”にされていた不動産がありました。この件では亡くなった方(兄)の妹さんと、彼のお子さんである姪御さんからご相談があり、ご実家をめぐる相続手続きがまとまらずに放置されていたというのです」
聞けば、父親の死亡により兄が実家を継ぐことになっていたのだが、遺産分割協議の途中で亡くなり、彼の娘である姪が代襲相続人となったという。ところが姪は結婚後、他の場所で暮らしており、彼の妹が望んでいた墓地の管理や菩提寺との付き合いなどは難しいとなり、意見が対立。以来、話がまとまらないまま30年が過ぎたというのだ。
「その妹さんも80代半ばにさしかかり、『自分の代できちんとしないと子の代に負担がかかる』と。結局は、姪御さん名義で登記することで解決しました」
また、相続問題に詳しい法律事務所アルシエンの武内優宏弁護士は、
「私が手掛けた中には、登記上の所有者が江戸時代の弘化2年(1846年)生まれの男性で、そこから全く相続登記がなされておらず、相続人を記した一覧がA4用紙で10枚に及ぶという案件がありました」
とのことで、
「こうしたケースでは、土地を20年占有すれば自分の所有にできる民法の“時効取得”を訴えて裁判を起こすのですが、事前に私は、相続人全員に『このような理由で裁判を起こしますが、皆さんがいらっしゃらなければ無事に終わるので受け入れて頂きたくお願いします』と手紙を送るようにしています。この案件でも結局、すべての相続人から反論は出ず、無事に登記することができました」
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