パワハラ指導はスポーツにとって「必要悪」なのか 苛烈な指導で金メダルを獲得した新体操選手・リタ(小林信也)

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女帝の罵詈雑言

 映画は淡々と練習風景を映し続ける。その大半が、女帝の罵詈雑言。女帝がいない時はコーチのアミーナが口汚くリタを責め続ける。いまの日本なら、この映像だけでイリーナもアミーナも糾弾され、失職するだろう。だが、ロシアでは違う。

 楽しさも寛ぎも笑いもない練習の中で、リタが新体操の喜びを見出せるのか? まったく想像が及ばない。リタの〈覚醒の時〉はいつ、どうやって訪れるのか?

 リタが競技に集中できない一因を女帝もコーチも知っていた。父親が癌を患い、余命宣告を受けているのだ。

 リオ五輪に臨む最後の練習で、女帝は冷たくリタに言い放つ。

「フープを投げる時に、近くで取ろうと考えているならバカよ。それはダメ。もっと張りつめた演技を! テーマは悲劇よ。お父さんのことを話すつもりで。全部ぶちまけて。弱気じゃダメ。もっと語れ! 祈りを捧げろ! 床に立ったら神に祈れ、演技が終わるまで父親の病気がよくなるように神に祈って」

 リタはその叱責をどう受け止めたのだろう。女帝の言葉は、リタの深層に燻る才気や魂の根幹を揺さぶり起こしたのか。

何回も観賞を中断

 リオ五輪。最初の2種目はヤナが素晴らしい演技を見せた。1位ヤナ、2位リタ。次のクラブの最後でヤナがクラブをつかめなかった。次の瞬間、ヤナの顔から生気が消えた。逆転。最後のリボンも見事に演じたリタが金メダルに輝いた。

 雑誌「FRaU」ウェブ版に、この映画のマルタ・プルス監督のインタビューが載っている(「暴かれた新体操の闇…スパルタ指導がないと『一流』になれないのか」此花わか/FRaUweb)。

 プルス監督は言う。

「イリーナはリタを一切褒めず、暴力的な言葉で激しく叱責していました。映画で観るとイリーナはただ怒っているように見えるかもしれませんが、彼女は選手を壊さずにギリギリまで追い詰める、絶妙なさじ加減を知っている。そのやり方に私個人的には賛同できませんが、結果的にリタは金メダルを獲りました」「彼女(イリーナ)の自宅で作品を見せましたが、何回も観賞を中断しました。(略)それでも、なんとか彼女に映画を最後まで見るよう説得したんです。映画を最後まで見終わったときイリーナは喜んでいて、モスクワ映画祭で上映できるようにサポートまでしてくれたんですよ」「結局、この映画はマルガリータが金メダルを獲れたこと、つまり、イリーナが指導者として勝利した、ということを映し出しているからです」「彼女には自分が正しい、という自負がある。だから、他人に気に入られようと自分を偽ろうともしないし、他人の批判など気にもしません」

 金メダルを獲った2日後、リタの父親は天に召された。リタは、金メダルを最後に新体操の世界を離れた。モスクワ映画祭のアフターパーティーにプルス監督が招待した時も、二人に会いたくないからと、リタは姿を現さなかった。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2021年9月23日号掲載

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