「永久凍土で3万年眠り続けた」ウイルスが復活 はじまったばかりのウイルス研究
この1年半、全人類の関心を集め続けたのは通称「新型コロナウイルス」、正式名称「SARSコロナウイルス2」でまちがいない。これだけ全地球規模でウイルスが話題になったのは人類史上はじめてのことだろう。
ウイルスの研究は日が浅く、わかっていないことも多い。わかっていることの方が少ないといってもいい。そもそも「ウイルス」とは何なのか? あなたは「ウイルス」やその他の微生物「細菌」「真菌」「原生生物」の違いを説明できるだろうか? 医療・医学の最前線を取材を重ねてきたノンフィクション・ライターであるビル・ブライソンの著書『人体大全―なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか―』(桐谷知未訳)を紐解いてみた。
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ウイルスは移動の手段を持たず、ヒッチハイクするだけ
イギリスのノーベル賞受賞者ピーター・メダワーの不朽の言葉によると、ウイルスとは「タンパク質に包まれた悪い知らせ」だ。
実際には、多くのウイルスは少なくともヒトにとっては、悪い知らせでもなんでもない。ウイルスは少し風変わりで、生きているとはいえないが、決して死んではいない。生体細胞の外では、ただの不活性な物質だ。食事も呼吸もせず、ほとんど何もしない。移動の手段も持たない。自力では前進せず、ヒッチハイクするだけだ。
わたしたちは外へ出て、彼らを集めてこなくてはならない。ドアノブや握手を介して、あるいは空気といっしょに吸い込むこともある。ほとんどの場合、ウイルスは一片の塵のごとく不活発だが、生きた細胞の中に入れると、突然活気に満ちた存在になり、どんな生き物にも負けないほど猛烈な勢いで増殖する。
細菌と同じく、ウイルスは途方もない繁栄を誇っている。ヘルペスウイルスは何億年も前から存在し、ありとあらゆる動物を感染させてきた――なんと牡蠣までも。
また、彼らは恐ろしく小さい。細菌よりずっと小さく、あまりにも小さいので従来の顕微鏡では見えない。テニスボールの大きさに拡大したとすれば、同じ縮尺のヒトは身長800キロメートルになる。細菌はビーチボールくらいの大きさだろう。
ごく小さな微生物を表わす現代的な意味でウイルスという言葉が使われ始めたのは、つい最近の1900年、オランダの植物学者マルティヌス・ベイエリンクがタバコの研究中に、この植物が細菌より小さい謎の感染因子に影響を受けやすいことに気づいたときだった。
最初、ベイエリンクはその謎の因子を contagium vivum fluidum(生命を持った感染性の液体)と呼んだが、その後、ラテン語で“毒”を意味するウイルス(virus)に変えた。ベイエリンクはウイルス学の父であるにもかかわらず、生前にはその発見の重要性が認められなかったので、資格はじゅうぶんにあったはずだが、ノーベル賞を受賞することはなかった。
何十万種類のうち、ヒトに影響を及ぼすのは263種類だけ
ピーター・メダワーの引用が示すとおり、以前は、あらゆるウイルスが病気を引き起こすと考えられていたが、現在では、ほとんどのウイルスは細菌細胞にのみ感染し、ヒトにはまったく影響を及ぼさないことがわかっている。
存在が推定される何十万種類ものウイルスのうち、哺乳類に感染することが知られているのはたった586種類で、そのうちヒトに影響を及ぼすのは263種類だけだ。
他の大部分の非病原性ウイルスについては、ほとんど何もわかっていない。病気を引き起こすウイルスばかりが研究されがちだからだ。
1986年、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の学生、リタ・プロクターは、海水中のウイルスを調べてみようと決めた。それは、あきれるほどもの好きな研究ととらえられた。おそらく下水の排水管や何かから持ち込まれたいくつかの一過性のウイルス以外、海洋にはウイルスはいないというのが一般的な理解だったからだ。
そういうわけで、プロクターが、平均的な海水1リットル当たりに最大1千億個のウイルスが含まれていることを発見したのは、ちょっとした驚きだった。
もっと最近の例では、サンディエゴ州立大学の生物学者デーナ・ウィルナーが、健康な人間の肺で見つかるウイルスの数を調べた。肺も、ウイルスがあまり多く潜んでいるとは考えられていない場所だった。
ウィルナーは、平均的な人の肺に174種のウイルスがいて、そのうち90パーセントが新種であることを突き止めた。現在では、最近まで予測さえしていなかったほど、地球がウイルスに満ちあふれていることがわかってきた。ウイルス学者ドロシー・H・クローフォードによると、海洋ウイルスだけでも、縦に並べると、1千万光年という想像を絶するほどの距離に達する。
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