優勝争いでファンが選手をボコボコに…阪神や広島ファンが暴徒化した3試合の「黒歴史」

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群集心理の恐ろしさ

 だが、広島も最終回に粘り、三村敏之の2点二塁打で1点差。なおも2死二塁の同点機に、山本浩二の中前安打で三村が本塁をついたが、タッチアウトで試合終了となった。

 ところが、左顎への強烈なタッチに激怒した三村が、捕手・新宅洋志に突っかかり、乱闘が勃発すると、興奮した約2000人の広島ファンがグラウンドに乱入し、中日ナインを殴る蹴るの暴行。谷沢健一がビール瓶で右手首を殴られたのをはじめ、星野、大島康徳、ローン、竹田和史、神垣雅行の主力6人とコーチ3人が全治1週間から10日のけがを負った。

 その後も騒ぎは収まらず、機動隊員約200人が出動。中日ナインを乗せたバスは、試合終了から1時間以上経過した22時半、装甲車に先導され、やっとの思いで広島市民球場を脱出した。

 事態を重く見たセ・リーグは翌11日、緊急理事会を開き、「球場自主警備に自信がない」という広島側の報告と中日選手の負傷状況から、この日の同一カード開催は不可能と判断し、中止を決定した。

 昭和期は気の荒いファンも多かったが、前出の甲子園の騒動も含めて、群集心理の恐ろしさを痛感させられた事件だった。

31人が病院搬送、6人が入院

 平成の世でも、ファンの暴走と言うべき事件が起きている。

 催涙スプレーが噴射され、パニックになったのが、03年6月11日に長良川球場で行われた中日vs.阪神だ。首位独走中の阪神は、この日も中日に7対2と大勝。2位・巨人に9ゲーム差をつけた。

 事件が起きたのは試合終了直後、阪神ファン十数人がグラウンドに乱入し、右翼席の中日ファンを「弱い」「降りてこい」などと挑発したのがきっかけだった。

 怒った一部の中日ファンが、警備員の制止を振り切ってグラウンドに降り、殴り合いになった。そんな混乱のさ中、「バーン!」という破裂音とともに、右翼席と一塁側スタンドの中間付近から黄色い煙が立ち昇った。目撃者の一人は、「髪を茶色に染め、阪神のメガホンを首からぶら下げていた男がスプレーを撒いていた」と証言した。

 たちまち53人が目や鼻、のどの痛みを訴え、救急車25台が出動。31人が病院に搬送され、うち6人が入院した。

 診察の医師は「防犯用の唐辛子系催涙スプレーが使われた疑いがある」と語った。球場に催涙スプレーを持ってくるのは、あまりにも常軌を逸しており、阪神・星野仙一監督も「そんなのは本当のファンじゃない!」と切り捨てた。

 この事件がきっかけで、甲子園球場には乱入防止用のネットが設置されたほか、中日が主催する地方球場での阪神戦は、13年まで行われなかった。

 近年はさすがにこの種の行き過ぎた騒動も影を潜めているが、これらの事件を他山の石として、節度ある応援を心掛けたいものだ。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮取材班編集

2021年9月13日掲載

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