中学受験情報の「過剰摂取」に要注意

国際

  • ブックマーク

TwitterのDMで突然やってくる受験相談

 わたしはこのForesightをはじめ、いくつかの媒体で主に中学受験にまつわる記事を執筆している。小学生に対する中学受験指導を長年おこなっていたり、数多くの私立中高一貫校を取材していたりする経験を活かして、小学生保護者がわが子の中学受験に携わる上での参考材料を提供したいという思いがあるからだ。そして、それらの記事の告知や自塾での出来事、中学受験に関する話題を発信するツールのひとつとして、わたしはTwitter(@campus_yano) を活用している。

 Twitterには、発信者に対して個別のメッセージを送信し、プライベートな会話も可能なダイレクトメッセージ(DM)という機能がある。

 近年、中学受験生の保護者からわたし宛のDMがかなり増えている。寄せられるのは中学受験に関する相談なのだが、その中で「悪い噂のその真相を知りたい」というネガティブな内容のものが結構な割合で含まれている。たとえば、「○○塾の講師の指導の質はバラツキがあると聞いているのだが、○○校の講師について何か知っている情報はないか」とか「○○中学校では数年前に学内のいじめが頻発していたと聞いたが、それは本当のことなのか」などなど……。わたしはできるだけこれらには丁寧に回答しようと心掛けてはいるが、それにしてもかなりの数だ。

 そして、昨年からこの種の相談がTwitterのDMのみならず、対面形式の保護者面談の場でも急速に増えている。その原因はコロナ禍による中学受験を取り巻く状況の変化にある。

 ご存じのように、新型コロナウイルスの感染者数は依然として高い水準にあり、現段階で政府は21都道府県に緊急事態宣言を発令していて、いますぐの宣言の全面解除は難しそうな状況だ。これに伴い、集団指導をおこなう中学受験塾が平常授業のオンライン化に踏み切ったり、私立中高一貫校が受験生保護者を対象にした学校説明会を縮小したりオンラインに切り替えたりしている。そして、中学受験を志す子どもたちが楽しみにしている各校の文化祭や体育祭(運動会)の見学が不可能になるなどの影響が出ているのだ。

 つまり、中学受験生本人やその保護者にとって通っている塾、そして、目指す学校との距離が遠くなっている。だからこそ、わが子の中学受験にさまざまな不安を抱いている保護者は、藁にもすがる思いで情報を収集しようとするのだろう。

ネットの中学受験情報は玉石混交

 それでは、このコロナ禍で中学受験に関する情報は枯渇状態にあるのだろうか。

 実はそうではない。

 むしろ、ネット記事、TwitterをはじめとしたSNS、個人ブログ、そして、周囲のママ友やパパ友、会社の同僚たちなど……中学受験についてあれやこれやの情報が飛び交っている。ここ最近の中学入試は年々過熱していて、激戦が繰り広げられるがゆえに、このような様相を呈しているのだろう。

 なるほど、先述したネガティブな相談事を見知らぬわたしに直接ぶつけてくる保護者は、これらの情報の精度を自ら判別できないからこそ、他者を頼ろうとしてくるのだろう。わたしはこれを問題だと指弾するつもりは毛頭ない。むしろ、保護者は自身の「目利き」に自信がないからこそ、その道の専門家の意見に耳を傾けようとする謙虚な態度の持ち主だと言えよう。

 わたしが危険視するのは、氾濫する中学受験情報の質を深く考えることなく、そのひとつひとつに右往左往してしまうことだ。

 たとえば、わが子の受験勉強のやり方と入手した情報に齟齬が生じていたとき、保護者が焦ってしまって、それまで続けていたわが子の学習習慣に突然大幅な修正を加えようとしたり、良くない噂に振り回されて、入試直前期になって塾をやめようとしたり、志望校を急遽変更しようとしたりするなどという行動に出てしまう。わたしの知る限り、こういった試みが功を奏したというケースはほとんど見かけない。かえって、受験生本人が混乱し、そのモチベーションを著しく低下させてしまうことになりかねない。

 ネット上に溢れる中学受験情報は玉石混交である。わたしがいま書いているこの記事は「玉」の部類に属すると信じたいが、果たしてどうだろうか。

 わたしが観察したところによると、「石」に相当する情報は以下の性質を持つものが多いように感じている。

(1)中学受験生保護者や、子が中学受験経験を終えた保護者の発信する情報

 自身と同じような悩みを持つ保護者の助けになりたいという純然たる動機での発信だろうが、「n=1」「n=2」というせいぜい1人から2人の中学受験経験から導かれたものに過ぎず、その情報やアドバイスがほかの受験生や保護者のためになる、あるいは、志望校にそのまま適用できるとは限らない。

 とりわけ、「断定」を好むような文体の持ち主の発する情報は疑ってかかったほうがよいだろう。周囲のママ友やパパ友が発するものも同様である。成功譚は美化されるし、失敗談はより誇張される傾向を持つようにわたしは感じている。また、最近は受験生保護者同士のつながりでLINEグループが作られるという話を耳にするようになった。中学入試に対して不安を抱く保護者同士が結束したくなる思いは理解できるが、入試が近づけば近づくほど互いにネガティブな思いをぶつけ合う結果になり、精神的にまいってしまう保護者もいる。なお、同じ性別、同じ小学校、同じような志望校……と「共通項」が多い保護者同士の人間関係がもつれてしまうこともある。このようなグループから上手に身をかわすことも大切だ。

(2)SNSなどで危機感を煽る「自称プロ講師」の発信する情報

 中学入試直前期、わが子の受験がどうなるか心配する保護者が多いだろう。これからの「総仕上げ」の時期に、何か「特別な策」を講じなければ合格できないといった口ぶりで、保護者の不安を増幅させるような「プロ講師」の情報には耳を傾けないほうがよいだろう。営業的な手法のひとつである可能性も吟味したほうがよい。なお、これもまた何かと「断定」するような言い方をする「自称プロ講師」、その中でも顔の見えない匿名の者が発することばには警戒の目を向けたいものだ。

中学受験はシンプルに考えよう

 なかなか先行きの見えないコロナ禍にあって、わが子の中学入試本番が刻一刻と近づいてくると、保護者として言い知れぬ不安や焦りを抱いてしまうものである。だからこそ、膨大な中学受験情報に手を伸ばせば、わが子にとって有益なものに行き当たるのではないかと期待してしまう。しかしながら、これまでも述べてきたように、その行為は自身の首を絞めるだけでなく、わが子にとってマイナスになってしまう危険性を孕んでいる。

 ここはひとつ、中学受験というものをシンプルに考えてみよう。

 中学入試の大半は、子の在学している学校の成績(内申点)は合否に関係がないし、その数値を基準にした推薦入試制度が設けられているわけでもない。入試当日のペーパーテストで合格最低ラインの得点が取れたかどうかで合否が判定される実にフェアと形容できる世界なのである。

「受験勉強に打ち込む」→「志望校の合格最低ラインを上回る得点を取る」

 わが子がなすべきことはとどのつまりこれだけなのだ。

 中学受験の主役はわが子。合格した中学・高校に6年間通うのも、わが子。

 保護者はわが子が入試本番に向けてどれだけ学習に専心できるか、泰然自若とした姿勢で見守ってほしい。もし何かの情報を参考にしたいということであれば(もちろんわたしでなくてもよいが)、誰か直感的に信頼できそうだと思える中学受験の専門家の書籍に目を通すなり、発信する情報を「定点観測」するなりして、それ以外の情報は「ノイズ」として切り捨てることをおすすめしたい。そして、わが子が通っている塾の講師を信頼して、些細に思われるようなことであっても、決して遠慮せずにこまめに相談をし、その都度アドバイスを仰いでいくべきだろう。

 これからの時期、学校についての陰口、通っている塾についてのよからぬ噂を耳にすることがあるかもしれない。しかし、どんな学校、塾でも良いところがあれば、そうでないところもある。学校も塾も所詮「器」のひとつに過ぎないという冷めた視点を持つこともこれまた大切である。

 本稿のタイトルは「中学受験情報の『過剰摂取』に要注意」。「過剰摂取」とは英語で言えば「オーバードーズ」であり、その意味するところは「自らの身体、あるいは精神にとって急性の有害作用を引き起こすほどの薬物の使用」である。ちょっと過激な言い回しだが、それだけ情報というものには細心の注意を払うべきなのだ。

 子も保護者も心身ともに元気いっぱいに充実の入試直前期を過ごし、夢見ていた志望校合格をつかんでほしいと願っている。 

矢野耕平
大手塾に13年間勤めたあと、2007年にスタジオキャンパスを設立、代表に就任。現在は国語専科博耕房代表、民間学童保育施設ABI-STAの顧問を務める。著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『男子御三家 麻布・開成・武蔵の真実』『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(ともに文春新書/文藝春秋)など著書10冊。最新刊は2021年2月に刊行した『令和の中学受験 保護者のための参考書』(講談社+α新書/講談社)。

Foresight 2021年9月12日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。