今期最大の異色作「漂着者」 謎が謎を呼ぶ展開と充実の役者陣
全裸の斎藤工が浜辺に落ちていたら……。そんな中年女性にとって淫夢のようなシーンから始まったのが「漂着者」。秋元康企画・原作・脚本ドラマの初回吸引力は凄い。他が公務員や医師を純粋にまっすぐに無難にやっつけで描く中、まさかの身元不明人が主役。斎藤工の浮世離れ感をうまく合致させた作品だ。阪本順治監督の映画「団地」でも、これに近い謎の青年を演じていたのを思い出した。あれ、実に適役だったなぁ。
全裸に惚けている場合じゃない。工は己が何者かわからず、記憶もない。救助されたときに「勝者には何もやるな」と口走ったことから、ヘミングウェイと名付けられる。「勝者に報酬はない」などの17編を収録した短編集は新潮文庫から絶賛販売中。たまには宣伝も入れてゴマすっとこう。
彼を発見した女子高生3人組(太田奈緒・隅田杏花・吉田志織)が動画をネットに投稿したところ、バズって一躍時の人に。女児誘拐事件の手がかりを絵に描き、予知したことから世間は騒然。警察は胡散臭すぎる工をはなから疑う。疑り深さと開襟シャツで昭和のデカ感満タンの生瀬勝久と若手の戸塚純貴の刑事コンビは、私的にも頼みの綱だ。物理的・科学的に信用ならない話を眉唾で疑う存在は必須。
また、事件を追う新聞記者の白石麻衣も、いろいろな意味で工に興味津々。その上司の橋本じゅんもどうせ追うならスクープ狙いのブンヤ気質。と言いたいところだが、暴くべき真実と眠らせておく真実には線引きするタイプ。うっかり殺されそうな気もするんだよな、劇中で。秋元康ドラマはわりと高確率でサブキャラが死ぬから。既に工の能力に気づいた医師の船越英一郎と、遺伝子研究者の森準人は殺されちゃったし。船越は目と耳と口をかがり縫い&玉止めされていて戦慄!
そもそも工は、視聴者が感情移入する隙を与えない、超越した存在なわけよ。純粋な心をもった救世主にも見えるし、人類によからぬことを起こしそうな邪(よこしま)な感じもある。予知能力、いわゆる第六感をもつ超能力者っつう要素、謎のNPO法人(代表はこの手の胡乱(うろん)な役がぴったりな野間口徹)に身元を引き受けられるが、公安にマークされているっつう要素……謎が謎を呼ぶ。
しかも、婚約者と名乗る女(私にとってミューズ的存在のシシド・カフカ)まで現れちゃったから、さあ大変。「1400年前に婚約」なんて言うから、もうみんなが日本史に世界史を調べ始めちゃうわけで。そこはネット考察班に任せます。
Netflixで「メシア」というドラマがある。謎の男が不思議な力によって民衆を煽動していくという、やや近い入口だが、宗教観や政情不安の規模、国をまたぐ諜報機関の暗躍、すべてに圧倒的な差が。全裸の工に反応しちゃっている民度の低い私には、ひとまず漂着者で十分かもしれないが。
疫病、政治不信、陰謀論、正義という名の揚げ足取りが蔓延する世の中。「あーあ、どっかに救世主いないかなぁ」と寝っ転がって呑気に願う今の気分に合っている(ずんの飯尾和樹か)。