アメリカで米国版「文化大革命」が進行中 共和・民主両党で一致するのは「中国が最大の敵」という皮肉

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「アメリカの時代は、とっくに終わっていた」

 バイデン大統領は8月31日「アフガニスタンだけでなく、他国を造り変えるための大規模軍事作戦の時代を終わらせる」と述べた。

 冷戦崩壊以降、世界の覇権を握った米国では、「米国の国益よりも世界に民主主義を広げるという理想のために外国への武力介入も辞さない」とする新保守主義(ネオコン)が有力な政治思想として台頭した。ベルリンの壁崩壊から2008年の金融危機あたりまで20年弱にわたる米国の一極体制は歴史上でもまれだったが、現在の米国にはかつてのような支配的な存在感はない。バイデン氏はネオコンの思想との決別を表明したことになる。

 世界に衝撃を与えた米国のアフガニスタンからの無秩序な撤退ぶりについて、かつてネオコンの代表的な論客であった国際政治学者フランシス・フクヤマ氏は、こう語っている。

「アメリカの時代は、とっくに終わっていたということだ。アメリカを弱体化させ、衰退を招いた長期的な要因は、国外というより国内にある。(中略)アフガン撤退が地政学に及ぼす最終的な影響は小さいだろう。」(8月29日付クーリエ・ジャポン)。

 フクヤマ氏は1989年に、「歴史の終わり」と題する論文を発表したことで日本でも有名だ。「歴史の終わり」とは、国際社会において民主主義が最終的に勝利し、安定した政治体制が構築されるため、政治体制を破壊するほどの歴史的大事件がもはや生じなくなる状況を指している。今から考えればあまりにも楽観的な予測だったと言わざるを得ない。

 フクヤマ氏はその後、急速に分断化が進んだ米国の政治状況に危機感を覚えている。

 新型コロナウイルスのパンデミックに対処するため、国が一致団結しなければならないのに、その危機はむしろ米国の分断を深めた。対人距離の確保やマスク着用、ワクチン接種などの公衆衛生上の措置に対する賛否までもが、政治的な立場を示すものとみなされ、政治的対立は個々の政策レベルからアイデンティティーを巡る争いにまで発展している。

 フクヤマ氏は近年、虐げられ阻害されてきた人々(マイノリティ)が「尊厳」を求める社会運動(アイデンティティ-政治)の動向について注目してきたが、「米国の建国年を北米に初めて黒人奴隷が連れてこられた1619年とみなすか、独立宣言をした1776年とするかの論争は、米国は国家としてのアイデンティティーを失いかねない」と頭を抱えている。

 この論争を引き起こすもとになったのは、「批判的人種理論」だと言われている。1970年代後半に米国の法学界で登場した考え方で、「人種差別が米国の法律や制度に組み込まれており、人種的抑圧はあらゆる機関に存在し、肌の色がすべてを決定づける」と主張する。この理論は本をただせばマルクス主義のフランクフルト学派の「批判理論」に辿り着く。フランクフルト学派の関心はもっぱら「なぜ世界で革命が起きないのか」という問いだった。彼らがたどり着いた結論は「現代の人間生活のあらゆる側面に支配の網がかけられており、『汚しているファクター』である既存の体制を徹底的に批判し破壊しなければならない」という考えだった。

 米国の教師たちが奴隷制や人種隔離など米国史の暗部を積極的に教えるようになったことで、この考えは社会の変革を目指す若者たちに広く浸透した。

 このような風潮に猛然と反発しているのは保守系陣営だ。

エリートの不満がもたらす社会の不安定化

 米ヘリテージ財団が7月下旬に開催したパネルディスカッションでは、「批判的人種理論が米国社会に浸透し、米国版『文化大革命』が起こっている」との指摘が相次いだ。

 毛沢東は1960年代、自らの復権のために持論である「階級闘争論」を武器に文化大革命を引き起こしたが、現在の米国の場合は「階級」の代わりに「人種」が争点になっているだけで構図は同じだという。昨年米国各地で吹き荒れたブラック・ライブズ・マター(BLM)の活動家たちは、どんな反論に対しても即座に「差別主義者」のレッテルを貼り、耳を貸さない傾向がある。白人姿のキリスト像は「白人至上主義」のあらわれであると非難し、米国建国の父であるワシントン大統領などの銅像を破壊する様を見るにつけ、BLMの活動家たちが、中国の歴史的遺産をことごとく否定した紅衛兵と同じに映ったというわけだ。

 BLMが「文化大革命」と同じかどうかはともかくとして、この運動によって民主党と共和党の対立が激化していることは間違いない。米国では「中国政府による陰謀論」も出ているが、筆者は「ミレニアル世代の社会への不満が根本的な原因だ」と考えている。

 進化人類学者のターチン氏が、「社会が不安定化するのは、高学歴者(エリート)が増え過ぎたから」(8月1日付クーリエ・ジャポン)と指摘している。現在の米国では高学歴の若者が過剰生産されており、格差が拡大する中で数少ないパイの取り合いをしている。「自分がエリートだ」と自負する人ほど不満をためやすく、過激な思想に飛びつきやすい。若者たちの既存体制への不満が、人種問題にかこつけた形で激烈に噴出している傾向が強いのではないだろうか。

 フクヤマ氏には、エリートの不満がもたらす社会の不安定化という視点が欠けていたが、この問題を早期に解決するのは不可能に近い。

 絶望的な状況になっている米国だが、その中にあって共和・民主両党ともに「中国は民主主義の価値観にとって脅威である」との見方だけは一致している。米世論調査機関が8月26日に発表した結果によれば、52%の米国人が「中国が台湾に軍事侵攻した際、米軍を派遣すべき」と回答している。この設問で過半数を占めるのは史上初だ。

 皮肉なことだが、「最大の敵」だとされる中国が、アフガニスタンから撤収後の米国内で結束を生みだす「唯一のよすが」となりつつある。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月7日掲載

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