「プチ断食」でオートファジー、“長寿遺伝子”を活性化 生殖機能の向上にも効果が

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自己治癒力を導く

1.オートファジーが働く

「現代人は食べ過ぎている」

 これが石原医師の持論だ。食べ過ぎが健康に悪影響を及ぼしていると指摘する。

「私たちが摂取して、体が利用した栄養の9割は排尿や排便などで、1割は呼気などで外に排出されますが、食べ過ぎると、糖や脂肪、タンパク質などの栄養素が血液中に残ってしまいます。それらを放置すると、高血糖、脂質異常症などの病気につながるのです」

 さらに過剰栄養物質から、クレアチニン、尿素窒素、尿酸、乳酸などの老廃物が血中で増加し、それらが病気の原因になるのだ。

 絶食して飢餓状態になると、これらの物質をきれいに分解する“小さなお掃除部隊”が現れるのだという。

「実はこれ、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士が解明したオートファジーという体のシステムなんです。面白いことに空腹になると稼働を始める。栄養不足に陥った細胞が生き延びるために、自身の細胞の一部を自ら分解します。自分(オート)を食べる(ファジー)ことから、“自食作用”ともいわれています。肺の細胞に侵入した新型コロナウイルスも自食される可能性が十分あります」

 オートファジーが面白いのは、過剰栄養物質や病原体などを分解したあと、古いタンパクを利用して新しいタンパクをつくり、細胞を生まれ変わらせる点だ。

「まさにリサイクルシステムです。それによって細胞が若返ります」

2.オートリシス現象

 オートファジーとよく似ている「自己融解」ともいわれる現象だ。

「空腹になると、生命を維持するために重要な脳や心臓、肺、肝臓に、優先的に余分な糖、脂肪、ときには老廃物などが利用されるようになるのです」

 その際、生命維持に必要のないがん細胞や浮腫、炎症といった異質な組織に供給されていたタンパク質が、脳や心臓に振り向けられるので、エネルギーのルートを絶たれた腫瘍などの病変が消えたり、縮小するなどの効果が表れることも。つまり空腹が自己治癒力を導き出すというわけだ。

3.サーチュイン遺伝子が活性化する

 サーチュイン遺伝子は、米マサチューセッツ工科大学のレオナルド・ギャランテ教授らのグループが発見したもので、「老化を防止する作用をもち、長寿に導く」とされる。

「空腹の時間をつくることでサーチュイン遺伝子が活性化し、老化や病気の元凶である活性酸素の攻撃から遺伝子を守ることがわかっています。その結果、体を若々しく保って、がんや心臓病、脳卒中、糖尿病といった病気を防いでくれるのです」(石原医師)

生殖機能も…

4.免疫力アップ

 新型コロナなど病気に負けないように、栄養をたくさん摂らなければと思いがちだが、何事も過ぎたるはなお及ばざるがごとし。

「私は白血球を長年研究していたので、顕微鏡で観察し続けていましたが、食べ過ぎて、血液中に栄養が過剰にあると、免疫を司る白血球の能力が落ちるのです。なぜなら、白血球もそれらの栄養を食べてお腹いっぱい。病原菌やがん細胞に食らいつこうとしないのです」

 ところが、断食すると白血球も空腹なので、病原体やウイルス、がん細胞などにも食らいつき分解してくれるのだ。

5.認知機能に関わるグレリンの分泌が高まる

 空腹が、グレリンという認知機能に深く関係するホルモンの分泌を活発化することもわかっている。

「このホルモンは記憶の中枢である海馬に作用し、記憶力をよくする効果があります。また自律神経にもよい影響を及ぼすので、うつ病などの精神疾患の改善にも役立ちます」

6.断食で消化に要する血流を減らし、便秘解消と美肌、生殖機能を高める

 石原医師によると、「消化というのは大量のエネルギーを要する営み」だという。全身の血液の多くを胃や小腸に集めるので、食べ過ぎの状態を続けると、消化に関わる臓器などに負担をかける。絶食で休息させることで、次のような効果があるという。

 まず便通がよくなる。

「“吸収は排泄を阻害する”が生体学上の常識なんです。食べ過ぎて排泄に関係する直腸、腎臓、膀胱などへの血液の供給が足りなくなって便通や排尿が悪くなる。これも断食をうまく使えば改善します」

 こうしたデトックス的作用は血液の中でも起きる。血液の汚れを浄化することで、肌の張りが出たり、発疹など皮膚の炎症が改善したり、白髪が減ったりする。

 さらに生殖機能も高まる。男性の場合、「断食して血液がペニスに集まりやすくなる」のだという。

 さて断食体験をした私だが、さすがに1泊2日では目に見えた効果はあまり得られにくいようだ。ただ、その後、腹八分目を心がけたことで、体重は700グラムほど落ちた。眠りの熟睡度も高まった気がする。

 では、自宅で断食を実践したい場合、どう始めればいいだろう。サナトリウムで医師の指導のもと行っている断食を、個人の判断で行うのは危険なので、安全な導入方法を石原医師に聞いた。

 手始めは「朝だけ断食」である。冒頭で述べたように、朝食の代わりに人参2本とリンゴ1個を、皮をむかずにジューサーで搾って飲む人参ジュース。もしくは黒糖を入れたショウガ紅茶。ショウガが苦手な人はハチミツ入りの紅茶でも可。午前中をしのげば前日の夕食から「16時間断食」になる。

 昼食は軽く食べる。「軽く」食べられているかどうかの判断は、食後に眠くならないか。眠くなるのは食べ過ぎている証拠だ。

 夕食は好きな物を食べる。もちろん、食べ過ぎない程度を心がける方がよい。

 夕食にありつくまでにお腹が空く場合は、黒糖やチョコレート、ハチミツなどでしのぐ。あとは前記の「空腹ストップ体操」で体を動かす。

 石原医師は言う。

「断食が体に合っているかの決め手は、数日続けて、“体調がいいな”という感覚が得られるかどうかです。あまり調子がよくないと感じたら、それは体に合っていない証拠なので、中断して、腹八分目の生活を送ってください」

 この「1日2食」断食で体調がよくなった人は、昼も朝と同様に、人参ジュースか黒糖入りショウガ紅茶だけですませてみる。夜は満腹にならない程度で好きなだけ食べていい。

 これは石原医師が続けている方法とほぼ同じ「1日1食」だが、数日間続けて調子がよければ、その食生活をキープしてみる。キツいなと思ったら「1日2食」に戻す。

楽しむ断食

 石原医師によれば、

「断食は苦しみながら努力して続けるものではなく、体の調子がよくなっていく感覚を楽しむものです」

 注意する必要があるのはそもそも断食をやってはいけない人もいることだ。それは、糖尿病で血糖値を下げる薬を服用している場合だ。

「断食をすると血糖値が下がるので、薬でも血糖値を下げると、痙攣や昏睡に陥ることもあり、危険です」

 ところで、気になるのは、断食して栄養が不足しないかということだ。

 それに対して石原医師は、「大丈夫」と断言する。なぜなら先に紹介した手作りの人参ジュースでも健康維持に必要なビタミン約30種類、ミネラル100種類を含んでいるからだ。

 とはいえ、とくに高齢者の場合は、体が虚弱になる「フレイル」の危険性が指摘され、積極的に栄養を摂ることが推奨されている。肉を食べたほうがよいという意見もある。

「アルブミンというタンパク質を摂るために肉を、という考えだと思いますが、短絡的です」(石原医師)

 アルブミンは、「寿命予知タンパク」ともいわれる重要な栄養素で、肝臓で作られる。その数値は栄養がしっかり摂れているかを示し、基準値は3・9g/dL以上で2・0g以下になると生命の危険があるとされる。絶食をしている人の血液を石原医師がチェックしたところ、

「アルブミンが下がると思うでしょ。実は、上がる人が多かった。アルブミンは食物から摂らなくても肝臓で作られる。断食によって合成力が増すのです」

 石原医師は、好みの問題で肉をあまり食べず、エビ、カニ、イカなどを食べることが多いそうだ。これも好きなものを食べるという意味での「実践」である。

 6千年前のエジプトのピラミッドには、

〈人は食べる量の4分の1で生き、残り4分の3は医者の食い扶持に〉

 という碑文が刻まれている。病を患うことで医師の食い扶持の要因となっている我々の食事量。それを減らしていけば、思わぬ若返りと長寿の効果が期待できるのだ。

西所正道(にしどころまさみち)
ノンフィクション・ライター。1961年奈良県生まれ。京都外国語大学卒業後、雑誌記者を経てノンフィクション・ライターに。著書に『東京五輪の残像』『絵描き 中島潔 地獄絵1000日』などがある。本誌(「週刊新潮」)で著名人のがんサバイバー体験談を執筆するなど医療分野での取材経験も豊富。

週刊新潮 2021年9月2日号掲載

特集「自宅でも実践できる『断食道場』で『若返り』『長寿遺伝子』『免疫増強』」より

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