コロナ「入院待機患者」が見捨てられる本当の理由 医療崩壊(53)

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 新型コロナ第5波が拡大し、入院難民が続出している。連日、メディアは自宅療養中の死亡例を報じている。8月2日、政府は重症者の病床を確保するため、療養方針の見直しを発表した。入院の要件を重症患者や重症化リスクの高い人に限定し、中等症以下は、原則として自宅療養となった。その代わり菅義偉総理は自治体と連携して「酸素ステーション」を設置する方針を発表。首都圏や関西圏など少なくとも9都道府県に開設または設置が予定されている。緊急搬送中に受け入れる病院がなかった場合や、入院調整中の患者を引き受ける緊急避難措置だ。

 メディアは、このような方針変更を政府の窮余の一策と報じるが、私は、そうは思わない。こんなことをしていると、日本の医療は崩壊してしまう。どういうことだろうか。本稿でご紹介しよう。

他国比較では抑えられている感染者数・死者数

 私が問題視するのは、厚生労働省の主張は前提自体が間違っていることだ。医療の基本は、早期診断・早期治療だ。コロナについても、臨床研究が進み、ステロイドなどの薬剤を上手く利用することで重症化を予防できるようになった。中等症以下の感染者は自宅療養というのは、早期治療を放棄し、悪化させることに他ならない。

 問題は、これだけではない。そもそも、感染拡大に関する現状認識が、世界とはかけ離れている。第5波の世界的流行の真っ只中といえども、「医療崩壊」に見舞われている先進国は日本だけだ。ワクチン接種が進んだ先進国では感染者数、死者数が減って、医療負荷が軽減されているため、問題が生じていないとお考えの読者もおられるだろうが、実態は違う。日本の感染者数や重症者数は多くない。8月24日の日本の新規感染者数(人口100万人あたり、7日間平均)は183人で、主要先進7カ国の中で4番目だ。カナダ(68人)のように感染がコントロールされている国もあるが、英国(490人)や米国(454人)とは比較にならない。

 さらに日本の特徴は死者数が少ないことだ。

   8月24日の死者数は0.26人(人口100万人あたり、7日間平均)で、独(0.24人)に次いで少ない。ちなみに多いのは米国(3.29人)、仏(1.92人)だ。

 入院治療が必要な重症者数は、死者数に比例するから、欧米先進国と比べて、日本の医療負荷は遙かに小さいはずだ。ところが、その日本で医療崩壊が起こっている。勿論、医師や病床が少ない訳ではない。

   日本の人口1000人あたりの医師数は2.4人で、人口あたりの死者数がはるかに多い英国(2.7人)と遜色ない。人口1000人あたりの病床数は13.1床で、英国(2.5床)の5.2倍だ。

 日本で医療が崩壊するのは、感染症対策の基本を無視しているからだ。感染症対策の基本は隔離だ。隔離が求められるのは、感染者だけでない。病院・病棟についても通用する。かつて、結核が国民病だった時代、政府は結核患者を結核療養所に病院ごと隔離した。結核患者数が減った昨今、稼動率は33%と低いものの、全国に4370床(2019年)の結核病床が存在する。これこそが、感染症対策の基本で、コロナについても同じことが通用する。世界の多くの国は「入院が必要なコロナ患者は重症は大学病院、中等症以下は公的病院で集中的に引き受けている」(英国在住医師)。

尾身会長のJCHOは確保病床の70%(総病床数の7.2%)

 では、日本で、どのような組織がコロナ患者を受け入れるべきか。勿論、公的病院だ。東京なら都立病院と国立病院(独立行政法人を含む)だろう。ところが、このような病院が十分な役割を果たしていない。東京都の感染症拠点病院である都立墨東病院の場合、病床数は573床で、感染症科の病床数は40床だ。8月6日の入院は重症が10人、それ以外が63人である。

 ただ、都立病院は、まだましだ。問題は国立病院だ。都内には、感染症拠点病院に認定されている国立国際医療研究センター病院、国立病院機構(国病)が運営する4病院、地域医療機能推進機構(JCHO)が運営する5病院、労働者健康安全機構が運営する東京労災病院の11の病院が存在する。総病床数4379だ。JCHOの理事長は、かの尾身茂氏で、まさにお膝元である。ところが、いずれも患者受入に消極的だ。

   例えば、国病の確保したコロナ専用病床数は128床で、全体の6.5%に過ぎない。厚労省の内部資料によれば、8月6日時点の受入数は84人で確保病床の66%、全病床の4.2%に過ぎない。JCHOの場合、総病床数は1532床で、確保病床は158床(10.3%)だ。8月6日時点の受入数は111人で、確保病床の70%、総病床数の7.2%に過ぎない。JCHOの長である尾身氏は、「JCHOは最大限やっている」という主張を繰り返してきたが、実態は違う。

   このような独法は、公衆衛生上重大な危害が生じ、又は生じるおそれがある緊急の事態に対処することが法的に義務付けられている。もし、都内の病床数のせめて1割にあたる437床でも、コロナ病床に転換すれば、東京都が整備を予定している酸素ステーション246床は不要となる。もし、全てをコロナ病床にすれば、それだけで待機患者問題は解決する。

   田村憲久厚労大臣は、厚労省が所管する独法に患者の受け入れを要請すべきだった。これは独法の設置根拠法で、厚労大臣にその権限があることが明記されおてり、独法は正当な理由なく断ることができない。現在の状況で、田村大臣が、この権限を行使しないことは「不作為について違法性が問われる重大な問題」(厚労省関係者)だ。

   しかしながら、独法でコロナ患者を受け入れるということは、「出向している医系技官やノンキャリが矢面に立つ」(前出の厚労省関係者)ことを意味する。厚労省は、これだけは避けたいため、田村大臣が、このことに言及したことはない。

「コロナ専門病院化」と「ロックダウン」どちらが社会の負担になるか

   そして、実際にやったのは、小池百合子東京都知事とともに民間病院への患者受け入れ要請だ。これは、2月に改正された感染症法に基づくもので、このあたり、厚労省は法改正までして、用意周到に準備している。公衆衛生上の危害が生じる緊急事態に対して、自らの責任を放棄し、本来、病床確保の責任を負う必要がない民間病院に押し付けたことになる。

   これは感染症対策の基本に反する。感染者を隔離するには、施設を限定して、集中的に治療するしかない。幸い、今回問題となっている感染者は、厚労省が自宅で療養が可能と判断している軽症から中等症だ。一部が重症化するとは言え、独法の病院でも十分に対応できる。いまこそ、コロナ病院の「選択と集中」を進めるべきだ。逆に、多くの施設が分担して、少数の感染者を引き受ければ、院内感染を増やし、コロナ以外の患者の治療も停滞させる。こんな対策をとっている国はない。

   なぜ、こんなことをするのか。勿論、厚労省の責任回避だ。横浜市長選挙での与党候補の惨敗に象徴されるように、国民のコロナ対策への不満は強い。その主犯は、厚労省と周囲の専門家たちだ。彼らも、そのことは十分に認識している。彼らは、国民の関心をそらすのに懸命だ。

   このあたりも周到に準備している。尾身氏は7月30日の菅総理との記者会見で、ロックダウンの法的整備に言及しているし、その後も、繰り返し「ロックダウン法制化の議論も」と公言している。田村大臣は、JCHOなどの独法には既に入院患者がいて、簡単に転院させられないため、コロナ専門病院にはなれないと繰り返してきた。公衆衛生危機に対応する法的義務がある独法のコロナ専門病院化と、ロックダウンの社会的コストのいずれが高いかは、議論の余地はない。彼らは何とかして、待機患者問題は独法の不作為ではなく、デルタ波による感染拡大が問題だと印象づけたい。

今冬の感染者は今夏の数倍

   彼らの立場に立てば、このような姑息な対応も合理的だ。それは、もう少し粘れば、失敗の責任をとらずにすむからだ。第5波の感染は、8月25日をピークに減少に転じている。9月になれば、さらに下火になる。そうなると、コロナ流行で延期されていた厚労省幹部の人事異動が発表される。担当を外れてしまえば、責任は追及されない。それまでしのぎきればいい。尾身氏は、このような後輩官僚たちを側方支援していることになる。

   ただ、こんなことを続けていると、日本はさらに大きなツケをはらうことになる。今夏の欧米での流行をみてわかるように、ワクチンを打っても、重症化や死亡は減るが、コロナの感染者はあまり減らない。コロナの流行の本格的なシーズンは冬だ。今冬の第6波での感染者は、今夏の数倍になるだろう。入院治療の必要性は、格段に増すはずだ。そのためには、いまより多くの病床を確保できるように体制整備しておかねばならない。公的病院をコロナ専門病院に転換させておくのが合理的だ。これこそが、コロナ対策の喫緊の課題といっていい。もはや厚労省の戯れ言に付き合っている時期ではない。他国にならい、合理的な対応をとらねばならない。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2021年9月2日掲載

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