米国「原爆警告ビラ」は本当にあったのか アメリカ人の“正当性”主張の根拠を徹底検証
アメリカ人の中には、日本は真珠湾をだまし討ちしたが、米軍は広島と長崎の原爆について事前警告していたと主張する人々がいる。日本でも予告ビラが撒かれたと信じる人もいるという。ビラは本当に撒かれたのか。撒かれたとしても、果たして警告だったのか――。
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広島や長崎への原爆投下が事前にビラで警告されていたと信じる人々がいる。これには、広島への投下のときは、事前通告がなかったが、長崎のときはあったというバリエーションも加わる。
2016年8月6日の「中日新聞」の記事「『原爆予告』聞いた」は、広島の原爆被爆者のなかに、投下の数日前に広島に原爆が投下されるというビラが撒かれたと信じる人がいるとしている。
ただし、こう信じる人が実際にそのようなビラを読んだのか、人から聞いた話なのかは記事からも判然としない。当時はこうした敵性ビラを読んだり、持ち帰ったりすれば、憲兵にとがめられたので、文面をしっかり読んだ人はいなかっただろう。だから、曖昧な伝聞になっているのだ。これは長崎でも同じだろう。
一方、アメリカ側でも、原爆投下の際、広島と長崎には事前に警告されていたと考える人が少なくない。こちらの場合も、このような人々の大部分は、研究書や歴史的資料を読んでそのように考えているわけではない。
近年、原爆は100万人の兵士の命を救うために投下された、だから正当だったとするアメリカの政府見解を支持するアメリカ人は少なくなっている。このことは、2015年のピュー・リサーチ・センターの世論調査の結果、つまり「正当だ」と考えるアメリカ人が56%まで落ちてきていることからもわかる。この数字は終戦の年では85%、1991年でも63%あった。自国のしたことをなにがなんでも正当化しようとする人々は減ってきているのだ。
だが、「正当でない」と考えるアメリカ人のなかにも、確たる根拠もなく、事前警告していたと考える人々が一定数いる。『勝利へ導く兵器』(The Winning Weapon)という原爆と冷戦についての古典的研究書の著者であるカリフォルニア大学名誉教授グレッグ・ハーケンも、2015年にワシントンポスト紙に書いた記事「原爆に関する五つの神話」の4番目に「日本人は原爆が投下されるまえに警告を受けていた」をあげている。つまり、少なからぬアメリカ人が、事前に警告していたという神話を今も信じているのだ。
恐らくこれは、当時の大統領ハリー・S・トルーマンが原爆投下後の8月6日に出した声明で「ポツダムで7月26日に最後通告が出されたのは日本人を完全なる破壊から救うためだった。彼らの指導者たちはすぐに最後通告を拒否した。もしわれわれの降伏条件を受け入れなければ、これまでこの世でみたこともない破滅の雨が空から降り注ぐことになるだろう」と言っているからだろう。
ハリー・S・トルーマン大統領図書館のサイトも、そして、トルーマン支持派の歴史学者たちも、ポツダム宣言は最後通告であり、原爆投下の警告であり、それを無視したのだから、責任は日本側にあるという立場をとっている。
その一方、真珠湾攻撃の生き残りで2017年にベストセラーとなった『みんな勇敢な男たちだった』(All the Gallant Men)を書いた戦艦アリゾナの元乗組員ドナルド・ストラットンは、もう一歩踏み込んで、日本軍は宣戦布告なしで真珠湾をだまし討ちにしたが、アメリカ軍は広島と長崎の原爆投下のとき、5万枚もの予告ビラをばら撒いたと主張している。つまり、ポツダム宣言のほかに、広島と長崎に原爆投下を警告したビラも事前に撒いていたというのだ。では、彼の主張、および前述の日本側の一部の被爆者の伝聞は、歴史的資料で裏付けられるだろうか。
事前警告の証拠
日本側のネットでは、戦史ファンの個人ページや戦災を振り返る自治体などのウェブサイトで、ビラの現物を写した写真が複数紹介されている。それにはこう書かれている。
「日本国民に告ぐ!!
“即刻都市より退避せよ”
このビラに書いてあることは最も大切なことでありますから良く注意して読んで下さい。
日本国民諸君は今や重大なる秋に直面してしまつたのである。
軍部首脳部の連中が三国共同宣言の十三ヶ条よりなる寛大なる条項を以て此(こ)の無益な戦争を止めるべく機会を与へられたのであるが軍部は是(これ)を無視した。
そのためにソ聯(れん)は日本に対して宣戦を布告したのである。
亦(また)米国は今や何人もなし得なかつた恐しい原子爆弾を発明し之(これ)を使用するに至つた。之(この)原子爆弾はたゞ一箇だけであの巨大なB-29二千機が一回に投下する爆弾に匹敵する。
この恐るべき事実は諸君が広島に唯一箇だけ投下された際、如何なる状態を惹起したかはそれを見れば判るはずである。
此の無益な戦争を長引かせてゐる軍事上の凡(すべ)てをこの恐るべき原子爆弾を以て破壊する。米国はこの原子爆弾が多く使用されないうち諸君が此の戦争を止めるよう天皇陛下に請願される事を望むものである。米国大統領は曩(さき)に諸君に対して述べた十三ヶ条よりなる寛大なる条項を速かに承諾し、より良い平和を愛好する新日本の建設をなすよう米国は慫慂(しょうよう)するものである。随(したが)つて日本国民諸君は直ちに武力抵抗を中止すべきである。
然(しか)らざれば米国は断乎(だんこ)この原子爆弾並に其他(そのほか)凡(あら)ゆる優秀なる武器を使用しこの戦争を迅速且(かつ)強制的に終結せしむるであらう。
“即刻都市より退避せよ”」(註1)
ビラには日付は入っていないが、最近になって、このビラを英訳したものがハリー・S・トルーマン大統領図書館のデジタル・アーカイヴに掲載されるようになった。
この図書館は、アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration、通称NARA)に属する公文書管理施設で、かつ原爆投下にかかわった大統領の任期中の公文書が所蔵文書の中心なので、原爆に関してはその信頼性はきわめて高い。
そして、一部のアメリカの準公式のサイトや歴史愛好者のサイトは、愛国心からか、この文書を、アメリカが原爆投下を事前に警告した証拠だと強弁している。
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