目薬からスキンケア、再生医療へ 老舗会社の挑戦――山田邦雄(ロート製薬代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決】
世界中に拠点を作る
佐藤 すでにロート製薬のグローバル化は進んでいて、売り上げの40%近くが海外だそうですね。
山田 110カ国以上で販売しています。
佐藤 資料を拝見すると、販売拠点として中国はもちろん、ベトナムやラオス、加えて、モンゴル、カンボジアなど旧社会主義国がかなりありますね。
山田 欧米にも拠点はありますが、そうした国は市場経済がすっかりできあがっていますよね。中国は1991年、ベトナムは1997年に進出しましたが、当時はやっと現地で商売ができるようになった頃で、まだマーケットがない状態でした。だから一から勝負できる。
佐藤 デフォルトを作るわけですから、仕事として面白いでしょうね。基本的に旧社会主義国の薬はソ連から供給されていました。ソ連の崩壊後は、そのサプライチェーンが切れてしまった。そこにうまく入った形ですね。
山田 日本の車やエレクトロニクス製品は各国で売られていましたが、私どものような消費財で現地に入っているところは、当時、ほとんどなかったです。
佐藤 おおむね順調に進んできたのですか。
山田 中国に進出した頃は、現地の目薬が1元ほど、日本円で15円くらいでした。いったいどんな成分なのかと思うようなものでしたが、そこへいきなり日本仕様のまま参入した。現地で作っても250円くらいの値段になりますから、売れるかな、と心配しましたが、どんどん購買力のある中間層が出てきた。それで順調に伸びてきました。
佐藤 アフリカのケニアにも拠点がありますね。
山田 もともとイギリスからアフリカのビジネスはしていたのですが、「これから30年後はアフリカの世紀や」という話をする人がいましてね。
佐藤 ケニアはアフリカ全体のハブ(拠点)になるところです。
山田 もともと南アフリカにも拠点があったのですが、東海岸の東アフリカ共同体だとケニアを中核にしてやっていくのがいいんですね。
佐藤 海外拠点はどうマネジメントされているのですか。
山田 ここから日本人をどんどん出していくというよりは、現地で良い人材を見つけて、その人に活躍してもらうというやり方が多いですね。
佐藤 私の見るところ、中東と中央アジア、アフリカは、外国人が行っても、なかなかうまくマネジメントできない地域だと思うのです。表に出ている政府機関とは別に、部族の独自のネットワークがある。その複雑な血縁関係は説明してもらってもわからないことが多いですし、また知らないほうがいいこともたくさんあります。ですから現地の人材をうまく使うのは、非常に賢明なやり方だと思います。
山田 弊社は規模に比べて、かなり多くの国に進出している面はありますが、僕としては将来、どこの国に行っても、弊社関係の会社が何か仕事をしているようにしたいんですね。まあ、これは僕の次の世代のことになるのでしょうが。
社員の力を引き出す
佐藤 新しいことに取り組み、世界にも出ていくとなると、やはり人材の育成が重要になります。ロート製薬は、世の中の流れに先駆けて2016年に「複業(副業)」を解禁され、社内でも他部署と兼務する「ダブルジョブ」を導入されたことで話題になりました。
山田 複業のほうは「社外チャレンジワーク」と呼んでいますが、そもそもは社員からの提案です。僕も囲い込むことは好きじゃないし、複業すれば外から会社を見られますし、違う才能を発見することもできる。ですから、提案があったときにはしめしめと思いましたね。
佐藤 働き方改革が叫ばれるより前のことです。
山田 働き方改革は、基本的に残業削減でしょう。でもこちらは複業も含めて24時間、時間を役立てようということですから、発想が違う。
佐藤 ロート製薬単体で社員は1500名ほどですが、その内どのくらいが複業をされているのですか。
山田 のべ八十数名ですね。地ビールを作ったり、林業をやったり、薬剤師として地方で働いている人もいますね。
佐藤 そうなると、社員の忠誠心や健全な愛社精神が重要になってきます。
山田 情報漏洩などの問題が指摘されていますよね。ただ、社員も24時間生きていて、仕事以外の時間の使い方にどうして会社が文句を言えるのか、とも思うんですよ。それに会社に魅力がなければ、どのみち優秀な人は飛び出していきますよ。
佐藤 そうした自由な働き方を認め、社内に多彩な行事があるところがロート製薬の面白いところです。社員全員が参加しての旅行や運動会がありますね。
山田 社員旅行は5年に1度、これは僕が入社する前からやっていますね。全員でハワイや上海などに行ったこともあります。昨今は沖縄か北海道に行くパターンが多いですね。
佐藤 1500人以上で行くのですね。運動会はどうですか。
山田 これはオリンピックじゃないですが、約3年に1度ですね。平日にラインを止めて全員が参加します。けっこうガチな運動会で、毎回、怪我人続出というか、捻挫くらいは相当数出ます(笑)。
佐藤 山田さんも参加される。
山田 はい、私も出ます。
佐藤 それから「社内健康通貨」という、地域通貨のような仕組みがありますね。これは利用されていますか。
山田 「ARUCO(アルコ)」と言いますが、歩数計の距離や禁煙など健康的な生活習慣に応じて社内通貨がもらえます。それは社内の食堂などで使えますし、社内ベンチャーのクラウド・ファンディングにも使用できます。
佐藤 社内で行うクラウド・ファンディングがあるのですか。
山田 通常、新規事業は経営幹部が見て採点するわけですが、それだけでは面白くない。独自に提案された新規事業に多くの社員がコインを出し、多く集めたものには、会社もある程度の事業資金を出します。
佐藤 いつ始まったのですか。
山田 昨年ですね。いま、プラスチックの廃材でメガネを作るとか、子供と一緒に健康的な料理を作る教室をやるなど四つの企画が進行しています。
佐藤 それは面白そうですね。
山田 仕事というのは、面白くないといけないし、楽しまないといい成果は出ないですよ。
佐藤 いろいろな仕掛けを作って、会社全体に行き渡らせている。それが社員一人ひとりの力を引き出すことにつながっている。
山田 モデルのない新しいことをやるには、お金よりも個人の突破力が大切です。弊社は小さくはないけれど、何十倍も資金力のある海外の製薬会社に規模で勝てるはずがない。だから結局は人材育成が今後の事業の鍵になります。いま日本全体が縮み志向というのか、小さな箱の中で収まっていればいいという雰囲気がある。それを取っ払って、どんどん新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。
[2/2ページ]