“甲子園制覇”智弁和歌山に「黄金期」が到来か…弱体化を阻止した中谷仁監督の手腕

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いつ弱体化してもおかしくない

 智弁和歌山が、夏の甲子園決勝で智弁学園(奈良)との“兄弟校対決”を制して、21年ぶり3度目となる「深紅の大優勝旗」を手にした。チームを指導する中谷仁監督は、1997年に捕手として夏の甲子園優勝を経験しており、プレーヤーと指導者で全国制覇を成し遂げる快挙だ。一時、甲子園で初戦敗退が続くなど、なかなか上位進出が果たせず、苦しんだ時期もあった智弁和歌山だが、どのように立て直したのだろうか。

 まず、中谷監督の経歴に触れておこう。1997年のドラフト会議で阪神からドラフト1位で指名されたが、阪神時代は2002年に17試合に出場したのみ。06年に楽天に金銭トレードで移籍するも、11年に戦力外通告を受けて、翌年から巨人に移籍。その年限りで現役を退いている。実働7年間で出場111試合、打率.162、本塁打4、打点17という成績に終わった。

 その後18年に、歴代最多となる甲子園通算68勝を誇った高嶋仁監督の後をうけて、智弁和歌山の新監督に就任した。ただし、常勝チームをそのまま引き継いだわけではなく、むしろ、チームはいつ弱体化しても、決しておかしくない状況だったのだ。

 1997年以降の甲子園戦績を振り返ってみると、それが見えてくる。

◆1997年夏=優勝◆1998年夏=3回戦敗退◆1999年夏=準決勝敗退◆2000年春=準優勝、夏=優勝◆2002年春=初戦敗退、夏=準優勝◆2003年春=準々決勝敗退、夏=2回戦敗退

 夏は優勝が2度、準優勝が1度、春は1度の準優勝という輝かしい実績を残しているが、“黄金期”と言えたのは、この時期であった。なぜなら、それ以降は、早々に甲子園から姿を消した年もあったからだ。

◆2005年夏=初戦敗退◆2006年春=2回戦敗退、夏=準決勝敗退◆2007年夏=初戦敗退◆2008年春=準決勝敗退、夏=準決勝敗退◆2009年夏=3回戦敗退◆2010年春=2回戦敗退、夏=初戦敗退◆2011年春=準々決勝敗退、夏=3回戦敗退◆2012年夏=初戦敗退◆2014年春=初戦敗退◆2015年夏=初戦敗退◆2017年夏=2回戦敗退◆2018年春=準優勝、夏=初戦敗退◆2019年春=準々決勝敗退、夏=3回戦敗退◆2021年夏=優勝

 2010年代に入ると、甲子園での上位進出はめっきり少なくなる。12年夏、14年春、15年夏と3大会連続で初戦敗退が象徴的だった。

投手陣の整備に力を注ぐ

 特に、15年夏は“無残”の一言に尽きる。

 初出場の三重代表・津商を相手に、7個もエラーを記録して4対9で完敗。完全な自滅だった。当時の高嶋監督は、試合後に「あれだけ自分のチームの選手がエラーをする姿は長く監督をやっていますが、見たことがありません」と語るほどだった。その後は、18年春に決勝進出を果たすも、高嶋監督が最後に指揮を執った同年の夏には、初戦で近江に3対7で敗れてしまった。

 智弁和歌山と言えば、強打のイメージが定着している。ただし、甲子園で勝てなかった時期は、チームカラーの打撃力を前面に出し過ぎてしまい、徐々に守備面で雑なプレーが増えていった。先ほど触れた、7つのエラーで自滅して津商に敗れた試合は、その綻びが出た最たる例といえるだろう。

 1997年、2000年と夏の甲子園優勝を果たしたチームも一人のエースに頼ることなく、複数の投手を繋いで戦っていたが、野手を兼任している選手が多く、お世辞にも決してレベルの高い投手陣ではなかった。高嶋監督時代の投手をみると、高校時代から高い評価を得て、プロ入りした選手は、09年のドラフトで中日に1位指名された岡田俊哉くらいしか見当たらない。

 一方、中谷監督は、前監督が残した良い点を残しつつ、全国制覇を狙うには力が乏しかった投手陣の整備に力を注いだ。昨年、小林樹斗がドラフト4位で広島に指名されたほか、今年のチームは、エースの中西聖輝だけでなく、球速140キロを超える本格派投手を多く揃えた。

 夏の和歌山大会では、登板がなかった2年生の武元一輝が、準々決勝の石見智翠館戦でいきなり148キロをマークしているところに、投手陣のレベルが高いことを物語っている。

 また、高嶋監督時代とは異なり、野手兼任ではなく“専任投手”を多く育てているのが大きな強みだ。優勝を争った智弁学園、近江(滋賀)、京都学園も複数の投手を揃えていたが、基本的には二枚看板。結果的に3人以上の力のある投手を揃えた智弁和歌山との“実力差”が顕著に出ていた。

 監督の影響力が大きい高校野球で、ここまで上手く“監督の世代交代”が成功した例は今までにもなかったのではないだろうか。全国制覇を果たしたメンバーで、キャッチャーの渡部海をはじめ、5番を打つ岡西佑弥、140キロを超えるスピードを誇る武元一輝、塩路柊季などはいずれも2年生。来年のチームは今年以上に強くなることも予想される。

 2020年代は智弁和歌山の“黄金期”が再び到来する可能性は大いにあるだろう。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月30日掲載

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