「韓国のアフガン化」を恐れる保守 左派は「自主国防の強化」を訴えて米軍撤収を画策

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さっそくアフガン陥落を利用

――ついに、米国も韓国を信用しなくなりましたか。

鈴置:ハンギョレのこの社説も、米国人の「韓国への疑惑」を加速すると思います。結論部分が以下だったからです。

・当面、韓米同盟は重要な役割を果たすであろうが、韓国の安保を米国のみに依存するわけにはいかないというのは当然の原則であり、アフガン事態がもたらす真の「教訓」だろう。韓米同盟をうまく管理しつつも自主国防は強化しなければならず、戦時作戦権返還もこれ以上先送りしてはならない。

「韓米同盟は重要だ」とは言っていますが、あくまで「当面」のこと。さらには「自主国防の強化」と「作戦統制権の返還」を主張したのです。それらしく聞こえますが、要は在韓米軍の存在を揺さぶる主張です。

 韓国軍の戦時作戦統制権を引き渡す際には、米韓連合司令部の司令官を韓国側から出す約束になっています。米国は少数の兵力を除き、米軍を外国の指揮下に置かないとの原則を堅持していますから、在韓米軍の規模が一気に縮小される可能性が大きいのです。

 先に引用したリビア元国務副次官補がハンギョレの社説のこの部分を読んだら「さっそく北朝鮮がアフガン陥落を利用し始めたな」と考えるでしょう。「同盟弱体化を通じ、在韓米軍の存在理由を弱める努力」そのものに見えますから。

「属国慣れ」した韓国人

――「アフガン陥落」は来春の大統領選挙で保守の追い風になる?

鈴置:それは分かりません。選挙は半年も先のことです。その時になれば、韓国人の関心は他のことに移っているかもしれません。そもそも、大統領選挙の争点は「経済」が軸になることが多いのです。

 それに、保守も含め韓国人が心の底から米国側に留まりたがっているかは怪しいのです。「米国との同盟は必要か」と聞けば、ほとんどの人が「必要だ」と答えます。しかし、韓国が米国を離れ中国圏入りしたら、多くの韓国人がそれを受け入れていくと思います。

 朝鮮半島の歴代王朝は千年以上にわたって中国大陸の王朝の冊封体制下にあった。要は属国だったのです。韓国人は中国の勢力圏で生きることは嬉しくはないかもしれませんが、慣れてはいるのです。

――でも、韓国にも親米派がいます。

鈴置:彼らが本当の親米派かは疑問です。頼みにできる時は「親米」を唱えはしますが、米国より中国が強いと見れば、がらりと態度を変える人が多いのです。

「親米」談話を朝鮮日報に寄せた崔剛氏が典型です。峨山政策研究院は2014年4月、「韓米同盟の挑戦と課題」(韓国語版)という報告書を発表しました。韓国人が米韓同盟をどう考えているか、世論調査で調べたうえ、米韓関係のあるべき姿を論じたのです。

 中国の台頭が世界の共通認識になった後でしたから「韓国人が米中どちらにつくつもりか」が最大のポイントでした。

 この世論調査(調査期間は2014年3月7―9日)では「韓米同盟が弱化しても中国との関係を強化すべきだ」と答えた韓国人が31・7%もいました。一方、「中国との関係に支障をきたしても韓米同盟を強化すべきだ」と答えた人は53・4%でした(30-31ページ)。

 当時、韓国の「離米従中」は世界ではさほど知られていませんでしたから、3割以上もの韓国人が「米国よりも中国との関係が大事だ」と考えていることに、日米で驚きが広がりました。

日本の味方をしたら中国側に行くぞ

「3割」という数字以上に衝撃的だったのは、報告書をまとめた崔剛氏が以下のように書いたことでした。

・(韓国の)一角には、状況によりやむをえず我が国が米国の代わりに中国を選ばねばならぬ、との主張も生まれている(40-41ページ)。

 この文章は単に状況を説明したのではなく「我が国には中国側に行く手もあるのだからな」と、米国を脅したと受け止められました。

 なぜなら、このくだりの前後で崔剛氏は米国に対し「米韓関係の不平等性の解消」や「日韓対立の際には韓国側に立つこと」を要求したからです。

 外交は「駆け引き」です。しかし、要求を通すために「敵方に寝返るぞ」と威嚇するのは同盟国のすることではありません。自由と民主主義という理念を米国と共有しているなら、そんな脅しは口にできないはずです。韓国の親米派の底の浅さを示す証拠です。

歴史的に中国の勢力圏

――米国は「韓国の親米派」の怪しさに気付いたのでしょうか。

鈴置:崔剛氏の報告書が出た時は、驚いた米国人から「韓国が中国側に行く可能性はどれほどあるのか」との問い合わせが寄せられました。2014年当時は、まだ「韓国は米国側の国」と深く信じられていたからです。

 2015年になると、親米保守のはずの朴槿恵(パク・クネ)大統領が米国の制止を振り切って北京の抗日戦勝70周年記念式典に参列したうえ、AIIB(アジアインフラ投資銀行)に資本参加。米専門家の間では「保守政権であろうと、韓国は中国側に寝返る」との認識が広まりました。

 2017年、トランプ大統領が「朝鮮半島はもともと中国の勢力圏だった」との趣旨の発言をして、北朝鮮の非核化と引き換えに米韓同盟を破棄してもいいと示唆したことがありました(『米韓同盟消滅』第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」参照)。「韓国の本心」を分かってのことでしょう。

 米国にとって、もちろん左派よりは保守政権の韓国の方がいい。対北朝鮮政策では足並みを揃えられるからです。だからバイデン政権は来年の大統領選挙で保守政権の誕生を後押ししています(「韓国大統領選挙に早くも大国が介入 中国は『貿易』で、米国は『通貨』で恫喝」参照)。

 でも、「対中」では、保守政権も信用できないとバイデン政権も十分に承知している。韓国に心を許すことはないでしょう。左派が政権を続けようと、保守が政権を奪回しようと、韓国の「アフガン化」の可能性はじりじりと増しているのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月27日掲載

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