ユネスコが「軍艦島」展示内容に「強い遺憾」 元島民は怒りの声

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予備知識のない調査員

 ドイツ人女性は初めての来日だったし、調査員の3名とも日本の歴史については知見がなかった。「明治日本の産業革命遺産」が何であるか、いつからいつまでを対象にしているのか。調査の直前にそうした背景事情を勉強したようだったが、肝心の情報センターで展示されている内容については予備知識がなかった。

 ベルギーの専門家がオンラインで口火を切った。

「本ミッションの調査事項を踏まえて質問させていただく。日本にとってあまり愉快ではない質問もあるかもしれないが、他意はなく中立的立場で調査を行うために必要なこととして受け止めていただきたい。調査事項は“産業遺産情報センターにおいてどのようなフルヒストリーを展示しているか”“インタープリテーション戦略に基づき、来館者に対し、どのような情報提供を行っているか”“関係者との対話をどのように継続しているか”といった点である。これらについて、2015年の第39回世界遺産委員会の決議や、大使のステートメントを踏まえて、どのように対応しているのか」

 調査団は、旧島民で証言している人たちが、「当時の労働者の子どもばかりだった」と認識していると言った。まったくの誤解である。ベルギー人調査員に冒頭、またドイツ人女性にも度々同じことを聞かれたので、「いや違います。ここに展示されている井上秀士さんも松本栄さんも戦時中、労働者として朝鮮半島出身者や中国人捕虜と一緒に働いていました」と彼らの証言を一言一句紹介しはじめると、ドイツ人女性は当惑した様子で黙ってしまった。端島元島民の中村陽一さんも懸命に彼らの証言を説明した。彼女たちは頷いてはいるものの、耳を傾ける様子ではなかった。そこには大きな壁があった。

 驚いたことにオーストラリアの調査員が最初に聞いてきたのが「ビクティム(犠牲者)はどこか」という問いだった。調査員たちは歴史の知見に乏しく、調査中も、朝鮮半島出身者をPOW(戦時捕虜)と表現した。私は朝鮮半島出身者はPOWではないことを指摘したにもかかわらず、結局、調査団の報告書には「他国から徴用された労働者は、当時、日本国民とみなされ、日本国民として扱われたという印象を与える」と記されている。しかし、そもそも日本は朝鮮と戦争はしておらず、日韓併合という歴史的事実を踏まえれば、当時の朝鮮は他国ですらない。調査官はそんなことも知らなかった。朝鮮半島出身者は当時、日本国民として徴用されている。

 出入国管理白書によると、終戦時、在留朝鮮人は200万人余を数えるが、その内32万人余りが戦時徴用者であった。第2次大戦中、日本は戦時における労働力不足のなかで国家総動員法に基づき、朝鮮総督府の斡旋で朝鮮半島出身労働者を募集している。国家総動員法の下、国民徴用令に基づいて朝鮮人の労務動員を実施した。情報センターでもそれらの資料は展示している。

 私は調査団に対して、「まるでユネスコによる戦争犯罪法廷のようでフェアではない。我々は何も事実を捻じ曲げたり、隠したりしていない。そもそも、あなたたちには歴史を裁く資格はない。私ももちろん歴史の裁判官にはなれない。あなたたちもそうでしょう。ユネスコの役割を逸脱している」と指摘した。

 調査団は「事前に手渡された多くの書類が物議を醸しているのだが、私たちはそれらが嘘なのか真実なのかを見極める、そういうミッションが与えられている」というので、「その書類は誰に貰ったのか」と聞くと、「強制動員真相究明ネットワーク」(強制動員ネット)という団体であることがわかった。

届かない島民の声

 報告書を読む限り、ユネスコが耳を傾けたのは活動家の正義であり島民の声ではない。端島元島民の石川東さんは「なぜユネスコは端島とは関係ない活動家や韓国の話だけを聞くのか?」と嘆くが、日本の大マスコミも変わらない。この6年間、私は島民と共に端島元島民を訪ね、声を聴いてきたが、島民の声はメディアには中々届かない。

 決議を受けて、韓国では7月27日、民族問題研究所がYоuTubeに動画を公開し「この度の世界遺産委員会の決定を支持し、(決議は)日本政府の約束履行を促す内容です」と喜びの声をあげた。民族問題研究所とは親日派の追及や研究活動で知られる韓国の市民団体である。その動画には、高らかに“勝利宣言”をする日本の活動団体がいた。強制動員ネットである。そのリーダーとして最初に紹介されたのが矢野秀喜氏(朝鮮人強制労働被害者補償立法をめざす日韓共同行動事務局長)である。

 同氏は「日本製鉄元徴用工裁判を支援する会」の事務局として2018年の韓国大法院の判決後、原告側と共に記者会見を開き、民族問題研究所や原告側弁護士とともに、日本製鉄を訪れている。韓国の集会に頻繁に出席しており、さまざまな市民団体の肩書を持つ凄腕のプロの活動家である。遺産登録時にドイツで、民族問題研究所が主催したイベントにおいて「軍艦島は地獄島である」という大プレゼンを行った当事者でもある。民族問題研究所の動画で氏は「ユネスコ・イコモスの産業遺産情報センター視察調査結果報告は本当に良かったと思いました。真実に近づいてくれたと思います」と満足げに語っていた。

 強制動員ネットは2005年に発足し、主に、旧朝鮮半島出身労働者(彼らの言う「徴用工」)に関する調査・研究を行い、戦時における炭鉱や軍需工場などでの「強制労働の歴史」を喧伝する活動を行っている。彼らの開催するシンポジウムや出版物をみると、韓国内の団体が日本企業に対して行っている訴訟の原告を掘り起こし、そうした裁判を支援していることがわかる。彼らにとって原告とは日本が韓国を併合した1910年から45年までの間、日本で働いた全ての朝鮮人が対象だ。ドイツがナチスの犯罪を反省して「戦犯企業」からの資金で設立したのと同様に、日韓で「記憶・責任・未来財団」の設立を目標の一つとしている。

 矢野氏は一度、産業遺産情報センターにも来館している。昨年6月30日、開館して間もないセンターに朝日新聞と共同通信社の記者を同伴して訪れたのだ。その時、私は次のようなやりとりをしている。

「ドイツでのプレゼンは誰に頼まれたんですか」

「民族問題研究所です」

 私は2015年、ドイツの世界遺産委員会の会場で民族問題研究所が配布していたパンフを矢野氏に見せた。そのパンフの表紙には痩せた労働者たちの写真や寝そべりながら石炭を掘る労働者の写真が使われている。しかし、調査した結果、その写真は朝鮮人労働者とはなんの関係もない写真であり、撮影場所も九州の筑豊だと判明したのである。

「このパンフの表紙に使われている写真は日本人です。出典も明らかになっており、(端島と)無関係なものばかりです。この写真を民族問題研究所に提供したのは、矢野さんですか?」

「いや、知らない」

「ソ・ギョンドクさんをご存知ですか? 彼と連携していますか」

 ソ・ギョンドク氏(韓国・誠信女子大学校客員教授)は、2017年にニューヨークのタイムズスクエアで多額の宣伝費をかけ、端島での非道ぶりを訴える広告映像を発信した人物である。その広告に使われた写真も、朝鮮人徴用工とは無関係の写真だった。

 この時、元島民の中村陽一さんは、矢野氏と対面し、「(ボンでの軍艦島は地獄島というプレゼンは)あんたがやったんか、俺、涙がでちゃうよ」と感情を抑えることができずに声をはりあげた。矢野氏はボンに赴いた当時、軍艦島には一度も訪れたことがなかったそうである。島を全く知らない人物の言説が世界に「軍艦島は地獄島」という印象を植え付け、「定説」をつくったのは由々しきことである。

 朝日新聞は7月24日の国際面で、東大教授の外村大氏のコメントを紹介している。外村氏は、強制動員ネットの中心的人物である。2012年4月東大の駒場キャンパスで文部科学省の科研費の支援で、「朝鮮人強制連行と国・企業の責任」と題し、第5回強制動員真相究明全国研究集会を開催した。会場には韓国より張完翼弁護士を招き、「日帝強制動員被害者支援財団」を設立するための日韓の企業を巻き込んだ基金構想について議論している。朝日新聞で外村氏は、「証言する側、聞き取る側の立場などによってバイアス(偏り)はある。(中略)動員された朝鮮人らも軍艦島の「元住民」であり、顧みられなかった彼らの声を聴くことはとても重要だ」と語る。しかし顧みられなかったのは端島元島民のほうではないか。外村氏らは当事者である元島民の声に耳を傾けたことはあるのだろうか。情報センターでも、日本生まれではあるが、慶尚南道にルーツをもつ鈴木文雄さんの証言を展示している。しかも、私たちは端島で中心的な役割を果たしていた朝鮮半島出身の一族にも話を伺った。また戦時中の端島で6年間、生活したというグ・ヨンチョル氏と端島元島民の対話もユネスコに提案している。

 もしも強制動員ネットのメンバーらが情報センターの展示に関わった場合はどうなるか。ユネスコが求めるような「中立的」な展示を実現することは難しいだろう。強制動員ネットと韓国側団体との密接な協力関係からも見られるように、韓国政府の意向に沿って、彼らが支援したソウルの植民地歴史博物館の企画展示や釜山の国立日帝強制動員歴史館にあるような展示案を提示してくることが予想される。一例を挙げれば、日帝強制動員歴史館では、NHKが1955年に放送した「緑なき島」の映像が展示されている。しかし先日、国会でも問題視されたように、その映像は端島炭坑で撮影されたものではない疑いが極めて強いのだ。

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