不倫の末に離婚したら、今度は元妻と不倫関係に… 疲れた表情でつぶやいた男性の心境

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 一部の男性が感じることとして、「結婚しているときは妻に女を感じないが、離婚すると妻が過去いちばん、いい女だったと気づく」というのがある。人は環境によって、相手へのイメージも変わるし、「自分のもの」でなくなった妻が急に「いい女」に見えてくることもあるのだろう。

「結婚なんて、結局、誰としても同じなのかもしれない」

 有沢久人さん(46歳・仮名=以下同)は、疲れたような表情でそうつぶやいた。彼が離婚して、当時つきあっていた17歳年下の女性と再婚したのは44歳のときだ。

 久人さんは、28歳のとき同い年のヒナコさんと結婚した。25歳の時、4年つきあっていた恋人と破局した直後に、先輩の結婚パーティで知り合ったのが彼女だった。

「ヒナコとは最初から意気投合したんですが、当時、彼女には彼氏がいたんですよ。僕は別れたばかりだったし、お互いに赤裸々にそんなことを話せる関係だった。男女であることを意識せずに仲良くなれたのはヒナコが初めてでした。そういう関係が固定化して、何があっても一生友だちでいられると思っていた矢先、彼女がつきあっていた彼にフラれたと聞いて、励まそうと連絡したんです。飲んでは泣き、泣いては飲む彼女に深夜までつきあって、真冬で凍りそうになりながら、『歩くー』という彼女と一緒に歩いて……。結局、2時間くらい歩いて彼女のひとり暮らしの部屋に到着したときは、空がうっすら明るくなっていました」

 酔いが冷めた彼女は、「ごめん、とにかく暖まっていって」と部屋に彼をあげ、熱いコーヒーを入れてくれた。

「泣いたり騒いだり酔っ払ったりした彼女は、洗面所で自分の顔をみたらしく、『ひどいね、私』と僕の前にぬっと顔を突き出しました。メイクは崩れているし、目の周りはマスカラが落ちてパンダ状態だし。僕は笑い出してしまいました。彼女も大笑いして……。でもそんな彼女がたまらなく愛おしくなって、チュッと唇を合わせたんです」

 すると彼女は、「もう、やめてよー。久人とこんなことしたくないよう」と急に真っ赤になった。それがまた彼の心に火をつけた。

「こんなに飾らない女性はいなかったし、飾らないのに下品じゃないし。実はオレはヒナコが好きなんだとやっと気づいたんです」

 その場で告白すると、ヒナコさんは、「私もそう思ってた」と笑った。ふたりは盛り上がり、その日からほぼ一緒に住むようになった。

「結婚したのはそれから半年後くらい。ヒナコと僕、誕生日も3日違いなんですよ。僕のほうが3日遅い。ヒナコの誕生日に婚姻届を出して、僕の誕生日に結婚パーティをしました」

 それから1年後、今度はヒナコさんの誕生日に長女が生まれた。誕生日がみんな近い家族というのがまれにいるものだが、ここまでピタリと合うのも珍しい。

「家庭生活は楽しかったですよ。あんな小さな赤ちゃんがどんどん大きくなっていくのが、僕にはおもしろくてたまらなかった。最初は壊しそうで抱くのも怖かったけど、かわいいですよね、子どもは」

 久人さんは目を細めた。娘が2歳になったころ、もうひとりほしいと思ったが、どうがんばってもできなかった。

「ヒナコはすっかり落ち込んじゃって。でも僕らは、このひとりの娘を大事に育てていけばいいよと言いました。本当にそう思った。それでもヒナコは納得できなかったのか、ある日いきなり小さな犬を連れて、仕事から帰ってきたんです。同僚が営業先で捨てられた子犬を見つけてきたけど引き取り手がいないのと言って。3歳の娘がものすごく喜んでいましたね。娘はわんこと姉妹のように育った。娘とわんこのやりとりは本当にかわいくて」

 家庭を大事にしたいとか責任がとか、久人さんからはそういう言葉は出てこない。ただ、家族と一緒にいるのが楽しかったと、日常生活を愛おしむ日々だったのだろう。ものごとを混乱させるのは、シンプルに考えないからだと久人さんは若いころから思っていたという。シンプルに楽しいことをしながら暮らしていきたかったのだ。

「あのころは家庭がそうでした。ヒナコと娘とわんこと一緒にいるのが楽しかった。僕、そんなに出世欲もないし、仕事はそこそこでいいと思っていたんです。ヒナコのほうが仕事への意欲が高かったんじゃないかな。だから娘が大きくなるにつれて、ヒナコは残業や出張が増えていったけど、僕はほとんど定時で帰るタイプ(笑)。早く娘と一緒に遊びたかったから」

 ところが小学校高学年にもなると、娘には娘の世界ができてくる。中学に上がると娘はバスケットボールに夢中になった。

「そのころ、こんなに仕事に意欲のない僕が、なぜか異動してきた上司に引き上げられて、急に仕事が多忙になっていきました。ヒナコのほうは会社がフレックス制を取り入れたので、むしろ夕方は早く帰れるようになって。仕事より娘やヒナコと一緒にいたいなあと僕はいつもぶつくさ言って、ふたりに笑われていたんです」

たまたま足を運んだバーで…

 人として尊敬できる上司に巡り会った久人さんは、そこから変貌していく。40歳を過ぎてからの大躍進だ。好事魔多しという。ものごとがうまくいっているときに落とし穴は待ち構えている。

「結婚してから浮気なんてしたこともなかったし、したいと思ったことさえなかったんです。それなのに僕にとってはのるかそるかみたいな大仕事が思いがけなくうまくいったその日、上司と乾杯しての帰路、ひとりでこっそり祝いたくなって、以前行ったことのあるバーに足を踏み入れた。そこで出会ったのがユリエでした」

 おそらく自分でも気づかないうちにテンションが上がっていたのだろう。しみじみひとりで1杯やるつもりだったのが、止まり木で隣り合った女性に話しかけてしまった。

「若いけど、とっても柔らかい受け答えをする女性だったんですよ。それでますます舞い上がった」

 1杯が2杯になった。彼女もつきあってくれる。そのまま勢いでホテルへなだれ込んだ。楽しくてたまらなかった記憶だけが残っているという。

「夜中にハッと目覚めたら、彼女はいなくなっていた。名前も聞かなかったなとぼんやり思っているところに彼女からメッセージが来たんです。どうやら連絡先は交換していたらしいとそのとき気づきました。彼女はユリエという名で、『楽しかった。早く帰ったほうがいいですよ』と。いい子だなと思いました」

 タクシーで帰宅すると、すでに妻も娘も寝入っているようだった。シングルベッドを並べている寝室で、妻の寝息を聞きながら、彼はユリエさんとのあれこれを思い出していた。

「そこからはユリエにのめり込みました。もともと僕は恋愛経験が豊富なほうではないんです。ヒナコとの関係も恋愛というより、人として他人と思えないくらい親近感を覚えたという感じだった。中学生のとき大学を出たての若い担任にドキドキしたことがあるんですが、ユリエに対してはそういう思いがありました」

 ユリエさんには翌日連絡をして、またすぐ会った。10歳くらい年下かなと思っていたが、17歳も下だとわかり、彼は「これ以上、会ってはいけない」と感じた。ところがユリエさんは引かなかった。

「こんなに好きな人に出会えたのに、どうして会えないのって泣くんです。そこから彼女は一気に燃え上がって、半年後には私の妻に連絡をとっていました。ヒナコは泣き笑いのような表情で、『女として、ユリエさんのほうが、あなたを愛しているのかもしれないわね。私は所詮、同志に過ぎない』と言いました。今思えば、男だの女だのというより同志という言葉のほうが重いけど、あのときは僕は恋に埋没していたからヒナコの言葉の意味がよくわからなかった。ヒナコは、『住宅ローンさえ払ってくれれば離婚してあげる』と言いました。娘が私立の高校や大学に行くときには学費も払うと、僕は明言しました。娘と直接話そうとしたら、『お父さんなんて大嫌い。この世からいなくなればいい』と言われて。ショックでしたが、もうどうにもならないところまで来ていた」

 彼は家を飛び出して、ユリエさんが借りているマンションに転がり込んで再婚。気持ちがはやっているふたりは、「一緒になるしかない」と切羽詰まった気持ちになっていた。

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