首都直下地震が起これば「山の手も危ない」 地質地盤の立体図で判明

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「木密地域」では

 こうした“埋もれた事実”を知るにつけ、やはり気になるのは地震との関係である。

 中澤グループ長が続ける。

「一般論として、地盤が固いところは揺れにくく、軟らかいところは揺れやすいといわれます。1923年の関東大震災では、台地より低地で揺れが強く、震度にして1くらいの違いがあったという研究もある。特に、今回示した埋没谷がみられる地域では揺れが大きくなる可能性があり、地盤だけに着目すると、埋没谷が深ければそれだけ揺れも大きくなるといえるでしょう」

 関東学院大学工学総合研究所の若松加寿江研究員(地盤工学)が言う。

「地表面の地盤の揺れやすさを表す『地盤増幅率』という数値があります。地盤がよいとされる山の手では数値が小さく、下町では大きくなっています。今回の産総研の研究の成果は、東京低地の埋没谷の形状を克明に描き出したことだと思いますが、そうした埋没谷があって軟弱層が厚ければ厚いほど、その地盤は揺れやすいといえます。産総研のデータでは足立区、葛飾区、江東区に繋がる埋没谷が見えるので、この地域は地震の揺れが大きくなる可能性があります」

 高輪から代々木にかけての埋没谷については、

「この地域では、地表面の浅い部分に湿地の植物が腐敗してできた『腐植土層』が堆積していることが、以前から知られていました。こうしたエリアは、地震が起きるとゼリーのようによく揺れるので、この山の手エリアの埋没谷がどこまで地震の影響を受けるか、今後しっかりと研究をしていかねばなりません」

 また、京都大学の鎌田浩毅名誉教授(火山地質学)も、

「これまで指摘されてきた下町だけでなく、武蔵野台地の上にあって地盤がよいとされてきた高輪から恵比寿、代々木にかけて、また世田谷の一部でも埋没谷が確認できます。このことから、いわゆる高級住宅地で地価が高い地域でも、実は地震が起きたら揺れやすいということが、今回のデータで実証されました」

 そう指摘しながら、

「あわせて警戒を促したいのは、地下に埋没谷が広がっていながら地上に木造建築物が密集した『木密地域』です。こうした場所では家屋の損壊や倒壊、そして火災発生のリスクがおのずと高まってしまいます」

 具体的な「木密」のエリアとしては、

「押上や西新井、東立石などの下町に見られますが、意外なことに都心部の大崎や品川、西大井、そして世田谷にも広がっています。下町はかつて戦災があって戦後に道路が比較的整備されたのですが、大崎や品川、世田谷などには、道が入り組んでいて消防車両が入りづらいエリアがいまだに残っています。こうした場所では、家屋の倒壊で道路がふさがれてしまうと消火活動が十分に行えず、『火災旋風』が発生するおそれもあります」

 関東大震災では、倒壊した建物の瓦礫に火が燃え移り、竜巻のような火柱が押し寄せる「火災旋風」が発生し、人的被害を拡大させた。また1995年の阪神・淡路大震災でも、神戸市長田区で発生したとの目撃証言がある。

「関東大震災の10万人の死者のうち、9割は焼死だといわれています。火災旋風は周囲から建物、人までも呑み込みながら進んでいきます。上空の気圧配置に従って動き、その通り道は焼け野原と化すのです」

 鎌田教授はさらに、こう警鐘を鳴らす。

「直下地震でも震度7の場合は激しい揺れのため、部屋の中は一瞬“無重力状態”になります。家具は空中に浮き上がった後、床に叩きつけられる。これによる圧死を警戒しなければなりません。また、家屋が倒壊しなくても、長時間瓦礫や家具などに圧迫されていると、クラッシュ症候群を引き起こすリスクも高まるのです」

 筋肉が長時間圧迫されると筋肉細胞が障害・壊死を起こす。その時にタンパク質やカリウムなどの物質が血中に混入し、毒性の強い物質が蓄積される。そして圧迫された部分が解放されると、血流を通じて毒素が急激に全身へ広がり、心機能を悪化させて死に至る。阪神・淡路大震災でも、救助後にこのクラッシュ症候群で命を落とすケースが多数あった。

 また、先の中澤グループ長は、地盤によって揺れ方の特性があると説く。

「地震は『低周波』のゆっくりとした揺れや『高周波』の細かい揺れなどが混じり合っています。低地のような軟弱な地層では、やや低周波の揺れを顕著に増幅させることになり、建物を倒壊させる可能性が高くなります。一方、台地のような固い地盤では、高周波の揺れを増幅させる傾向にあります。細かく揺れることで、家屋自体への被害は小さくても、家具や屋根瓦など、小物類が飛び交う危険が生じます」

 自分が住む地域はどのような地層の上にあるのか。その特性を理解し、どんなタイプの地震で被害の危険があるのか、日頃からシミュレーションしておく必要があろう。家具の転倒を防ぐためにストッパーを付けたり、壁に固定する必要もあるだろうし、食器棚や本棚が開閉式であれば、扉ロック器具などを用いて中身が飛びださないようにしておくのも忘れてはならない。

「地盤の固いところでやや高周波の揺れが生じた場合、慌てて家の外に出ると瓦が落ちたりブロック塀が崩れたりするおそれもあるので、避難には十分注意が必要です。他方、地盤の軟らかいところは低周波の揺れに備え、できるだけ耐震補強を施し、家屋の倒壊リスクを減らしていくことが大事でしょう」(同)

 前出の若松研究員も、こう言うのだ。

「東京に関しては、地価の高い場所がすなわち地盤のよい土地である、とは必ずしもいえません。都市部は駅へのアクセスの良さや周辺の商業施設が充実しているかどうかで地価が決まっています。その下にある地質地盤まで目が向けられる機会はあまりないので、今回の立体図をきっかけに、地下にも注目してほしいと思います」

 都市のうわべだけで判断せず、地に足をつけて暮らすべきだというのだ。

 今後、住む場所を決める人は「住みたい街ランキング」だけでなく、ぜひ「地質地盤」も考慮されたいものである。また、すでに終の棲家を定めている人は家具の転倒予防など、前述した識者らの知見や防災アドバイスを活かして頂きたい。

週刊新潮 2021年8月12・19日号掲載

特集「『山の手』も危ない! ついに判明 東京地下の『地質地盤』 『首都直下地震』に備えよ」より

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