伊藤万理華が多動性ヒロインを演じる「お耳に合いましたら。」 ただの「メシ系ドラマ」と侮ることなかれ

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 チェーン展開する飲食店のメシ(チェンメシ)を熱く語るヒロインと聞いて、初めは「そんなものはバラエティでやっとけ」と思った。「お耳に合いましたら。」の話である。メシ系ドラマ乱発にもほどがあるテレ東ね。

 ところがだな、このドラマはグルメでも深夜のメシテロでもない。チェンメシはあくまでフック。漬物会社に勤めるヒロインがポッドキャストを始めて、仕事や人間関係のモヤモヤを言語化することで己の方向性が定まっていく成長物語であり、ある意味お仕事ドラマでもある。テレ東のいつもの奴と侮ってはいけない。

 ヒロインを演じるのは伊藤万理華。彼女の動きには不思議な魅力がある。若い頃の藤原竜也、あるいは鈴木奈々に見える瞬間もあるが、根本的に無意識過剰。マニアっぽさを出そうと必死で空回りする若手女優が多い中、彼女は天性の無頓着を表現。ぼんやりするときは完璧に思考停止、溺愛を語るときは基本多動。コマ送りで観ても、表情が一瞬たりとも落ち着かない。無意識のなせる業に驚いた。

 氷川きよしとチェンメシをこよなく愛するも、苦手なことは数多く、社会的にはどちらかといえば不器用の類。といってもヘタレや天然ボケではない。「好き」に向かうときは、一心不乱に視野狭窄。それでいてリアリティもある。実際、こういう女性たちが日本経済を回しているんだよねぇ。

 万理華がポッドキャストを始めたのは、器用な同僚井桁弘恵のお陰だ。仕事上の受け流しも、男のあしらいも手練(てだ)れ。世間の渡り方泳ぎ方を十分に知っている。

 ついでに後輩でオーディオマニアの鈴木仁も巻き込み、万理華のチェンメシポッドキャストを後押しさせる。

 この3人のやりとりが個人的にはツボ。温度と速度と距離と時間が適度で、本心を吐く割にすこぶる平和なの。「今それ言う?」という言葉でも毒や害にならず、それでいてオチもある。この会社に勤めたいとも思わせる。名言吐きたがるアニメ声の社長(伊藤俊介)はいるが、逆に楽しそうだし。

 真面目で優しくて、鼻の線が本当に美しい彼氏(井上想良(そら))にはフラれてしまったが、音や動物や食の好みがかなり近い隣人(濱田マリ)とも仲良くなれた。ポッドキャスト配信を通して、万理華が人に恵まれている幸せをひとつずつ咀嚼していく、そんなドラマである。

 悪意や嫉妬に晒されるのではなく、他人を呪うでもなく、小さな幸せを自分で積み重ねていく姿がいい。人に恵まれてはいるけれど、他力本願ではないところもいい。幸せそうな女を襲う鬼畜がいる殺伐とした世の中ではあるが、多幸感あふれる女をもっと観たいよね。

 万理華が毎回チェンメシを紹介するわけだが、その場面にはいわゆる「ラジオレジェンド」も登場。ラジオ好きの心くすぐるメンバーで、チェーン店の店員に扮しているのも乙で粋である。

 テレ東とラジオの親和性は高い。系列や分社化のしがらみが少ないから? 単純に新奇性を追求する感度が高いから? ともあれ、お耳どころか、趣味にも、今の気分にも、合いました。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2021年8月26日号掲載

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