中田翔の巨人移籍に思うこと【柴田勲のセブンアイズ】

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間違いなくこの一本

 日本ハムから巨人に無償トレードで移籍してきた中田翔(32)にとっては生涯忘れることができない一本になるだろう。

 中田は22日のDeNA戦(東京ドーム)に「5番・一塁」で初先発し、3点を追った7回1死2塁から左翼席上段へ特大の一発を放った。ドローへの呼び水となる価値ある一発でもあった。

 前の2打席、今永昇太の内角真っすぐに三振、二飛に倒れていたが、本塁打は初球、真っすぐが来ると読んで、甘く入ったところを見逃さなかった。それにしてもいい本塁打だった。

 中田、あと何年現役を続けるか分からないけど、現役生活を振り返って、「思い出に残る一本は?」と聞かれた時、間違いなくこの一本を挙げるだろう。

 中田の巨人移籍に対して賛否両論が波紋を広げ続けている。いや、どちらかといえば非難の意見が多いようだ。確かにトラブルを起こして処分中の選手がトレードに出されたというケースは聞いたことがない。巨人ファンの間からも厳しい見方が出ている。

 私は中田という選手を見るにつけ、現役時代の清原和博とダブってくる。その醸し出す雰囲気や独特の態度だ。両者には共通したものがある。

 清原は1996年のオフ、西武から巨人にFA移籍してきた。当時、監督だった長嶋(茂雄)さんが、「清原をほしい」と強く望み、阪神との争奪戦を制しての獲得だった。

 当時、西武の監督だった東尾修は主砲の流出に痛いは痛いが、ホッとしたというか、うれしかったが本音だったと思う。なぜなら、「負の連鎖」が止まると踏んだからだ。

 清原は後輩選手たちをよく飲みに連れて行ったという。後輩の面倒見のいい男だが、このような席では自然と首脳陣やチームに対する批判・愚痴が噴出する。主砲・清原の話を若手はよく聞くし、一挙手一投足が影響を及ぼす。いい方向なら何も言うことはないが、大体は悪い方向に流れる。引き込まれる。監督として扱いに困っていたという。負の連鎖だ。東尾の本音がわかる。

 巨人入団後は清原のペースで進んだ。入団を望まれての移籍である。その後のことは周知の通りだ。

 中田の場合は経緯が全く違う。巨人が手を差し伸べての入団で、救ってもらった。今回、中田は後輩投手への暴行で「無期限の出場停止処分」を受けた。だが、今回が初めてではないとみる。でなきゃ、1回目で「無期限」なんて処分は出ない。

 おそらく、フロントは以前から中田の乱暴な振る舞いや生活態度を把握していたがこれまで手を打たずにきたのではないか。栗山英樹監督にしても、中田は打点王を3回獲得したチームの主砲だ。元日本代表4番でもある。遠慮もあって指導面で強く出ることができなかったに違いない。今季は成績も振るわず荒んでいたのかもしれない。(※)

「もう一度チャンスを与えたい」

 だが、今回は球団、栗山監督も事態を重くみて、内々での処分を見送った。仲間内ではちょっとしたケンカはよくあることだが、我慢の限界だったのだろう。チームの雰囲気が悪くなる。これも「負の連鎖」だろう。

 今回の処分で中田自身も最悪野球をやめる覚悟をしていた。

 すでに原辰徳監督が明らかにしているように、栗山監督が電話をかけて、「野球を続けさせたい」と獲得を頼んだのだろう。11球団、見渡しても中田を獲得できるのは巨人だけだ。金銭面も含めてのことだ。また中田を管理して手綱を操れるのは原監督一人だけだろう。「巨人軍は紳士たれ」を掲げる球団にしてもファンからの批判・非難は覚悟してのことで、ましてやいまはコンプライアンスが叫ばれる時代だ。原監督が見捨てずに「もう一度チャンスを与えたい」と復帰の扉を開いたのも英断だった。

 言い方は悪いが、中田の巨人移籍は厄介払いの面は否定できない。だが、与えられた場所で初心に帰り、グラウンドで結果を出せば周囲の見る目も変わってくる。

 巨人はいまリーグ3連覇を目指して厳しい戦いを繰り広げている。中田がどんなプレーを見せるのか注目されよう。

 現実的には中田の加入は打線強化となった。一塁には中島宏之、さらに左翼も守れるゼラス・ウィーラーがいる。内野全ポジションOKの廣岡大志、北村拓己も控える。競争を乗り越えて一塁に定着すれば、ウィーラーの左翼起用で打線はグッと厚くなる。

 なにを言ってもあとは中田本人次第だ。とにかく一生懸命やることだ。怠慢プレーなんて絶対に許されない。肝に銘じることだ。

 それに原監督は恩情とともに非常に厳しい面を持っている。先ほども記したが、結果を出せば見る目が変わってくるのはスポーツのありがたいところだ。

 賛否両論、いや、非難の方がまだまだ多いか。でも、最悪の事態を脱し、活躍の場を与えられたのだから頑張ってほしい。

 さて巨人は20日からのDeNA戦、2敗1分だった。DeNAは打線がいいし、いま最も勢いのあるチームだ。せめて1勝1敗1分で乗り切ってもらいたかった。

 セ・リーグの優勝争いは阪神、巨人、ヤクルトの三つ巴になってきた。これからは中日、DeNA、広島の下位3球団に足をすくわれたチームが落ちていく。

 24日からは東京ドームに広島を迎えての3連戦、名古屋に乗り込んでの中日3連戦と続く。26日にはエース・菅野智之が復帰予定だ。中田の加入した打線とともに戦いぶりに注目していきたい。

 ※日本ハムで39試合に出場し打率.193、4本塁打、13打点

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月24日掲載

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