夏の甲子園で忘れがたい「奇跡のバックホーム」 決勝戦で大活躍した脇役列伝

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急な交代が幸いして……

 一方で、夏の甲子園の名場面のひとつとして語り継がれるプレーを見せた脇役もいる。

 守備固めで途中出場し、“奇跡のバックホーム”でチームを救ったのが、96年の松山商の右翼手・矢野勝嗣だ。出場16回の松山商、同14回の熊本工という“古豪対決”となった決勝戦は、3対3の同点で延長戦に突入。10回裏、熊本工は1死満塁とサヨナラのチャンスを迎えた。

 このピンチに、松山商・沢田勝彦監督は、矢野をライトの守備固めに起用した。マウンドではこの回途中からリリーフした渡部真一郎が、打者・本多大介に1球目を投げようとしていたタイミングでの交代。

 突然の指名に、キャッチボールすらしていなかった矢野は、慌ててグラブを探し、守備位置へと走った。あがり症の矢野にとって、余計なことを考える暇もない急な交代が、結果的に幸いした。直後、本多の大飛球がライトを襲う。最低でも犠牲フライは確実と思われたが、ここからまさかの“奇跡”が起きる。

 激走して打球に追いついた矢野が体勢を立て直し、本塁目がけて無我夢中で送球すると、なんと、ボールは捕手・石丸裕次郎が構えるミットにストライクで収まった。三塁走者は間一髪タッチアウト。松山商ナインは大喜びで、ライトから引き揚げてくるヒーローを総出で迎えた。そして11回、矢野は決勝点につながる左翼線二塁打を放ち、攻守にわたって27年ぶり5度目の優勝の立役者となった。

 ちなみに、松山帰郷後、地元テレビ局が矢野をライトの守備位置に立たせ、スーパープレーの再現をさせようとバックホームさせたが、「20球投げてすべて外れ」だったという。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮取材班編集

2021年8月24日掲載

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