「藤井二冠の第一印象は“大泣きした子”」谷川浩司九段が明かす天才の素顔
二つの大記録
デビュー以後、将棋界の記録を次々更新してきた藤井二冠。
現在も愛知県瀬戸市の実家住まいで、時にスーツにスニーカーを履いて対局場に現れるほどファッションに無頓着。ちなみに苦手なものはキノコだとか。
その彼をして破るのが困難とされる記録が二つ残っている。奇しくも谷川、中原両氏が持つ記録だ。
まずは「最年少名人」。現在、藤井二冠は19歳1カ月。対して、この記録を持つのが谷川九段で21歳2カ月。現在の藤井二冠は名人戦の挑戦者決定リーグである(5階級の)「順位戦」で上から2番目のB級1組。記録を破るためには、今期、B級1組から最上位のA級に昇級し、来期、A級でトップの成績を収めて名人に挑戦、獲得する以外ない。つまり、一度の失敗も許されないわけである。
谷川九段は、この可能性をどう見るか。
「いずれもストレートで昇級、挑戦権獲得、タイトル奪取という三つの壁がある。それらをすべてクリアするのはなかなか困難だと思います。率直に言えば、確率は10~20%くらいでしょうか」
なるほど難しい。
「でも、藤井さんはこれまでも我々が不可能だと予想したことを超える、それ以上の活躍を続けてきた。ひょっとすると……という思いはあります。それに、更新に近づけば、私の記録にもスポットライトが当たりますし」
と笑う。
他方、もうひとつの記録は「年度最高勝率」である。これまで藤井二冠はデビュー以来、毎年度勝率が8割を超え、いずれも全棋士中トップを記録してきたが、最高は18年度の8割4分9厘。対して歴代最高記録は、中原永世名人の8割5分5厘5毛。何と54年間も破られていない大記録だ。
「私が記録したのは、(順位戦が下から2番目の)C級1組の時でした」
と中原元名人が言う。
「対して今の藤井さんはB級1組でしょう。上位相手だとやはり勝率は低くなってしまいますよね。それにタイトル戦は相手も強豪で、圧勝はしにくいですから、8割5分はなかなか難しい。低い組にいる時に更新したかったでしょうね。ただ、彼の力なら9割勝つことも不可能じゃないから、まだわかりませんが」
とこれも可能性がありそうだという。それには何が必要か。
「長く棋力を維持するには、将棋だけではなく、ですね」
と続ける中原元名人の言葉に耳を傾けよう。
「人間的な広がりが必要。将棋以外のところにも交流と見聞を広げる。それが大切なんです。私の場合は絵でした。画家の先生の下に通い、さまざまな名画を見て世界を広げましたよ」
中原元名人は、クラシック通としても有名である。
対して、藤井二冠の趣味といえば、鉄道とパソコン作りといったところが知られている。
「今は将棋一本でもいいが、それでは長続きしないかもしれません。その意味では、藤井さんの高校中退は残念でしたね。人生は長い。回り道に見えますが、将棋と離れる時間を持つことも更なる進化に繋がるはずです。藤井さんがどのような趣味を持つのかも見守っていきたいですね」
“号泣事件”からわずか10年余りで棋界トップの一人となった藤井二冠。棋士のピークは一般に25~30歳といわれる。次の10年余りで頂点を極めるのか。はたまた周囲がそれを阻止するのか。19歳の“全身棋士”の戦いはまだまだ続く。