恩師・栗山監督が明かす「大谷翔平」の素顔 右ひじ故障後に交わした会話とは
ようやくスタートラインに
もっとも、そんな大谷とはいえ、常に「楽しく」「野球一筋」でいられたわけではない。最高峰の舞台で日々戦ってきただけあって、知られざる苦悩や葛藤もあった。
前出の中村氏によれば、
「日本球界時代に、登板翌日、打者としてベンチ入りしたゲームの開始前、ロッカールームにこもった大谷の姿を目撃したことがあります。そこは地方球場で、通路のようなところに設置されたロッカーだったから、普段見られない姿が見えたのですが、疲れ切った感じの大谷は、バスタオルを頭から被ったまま、うなだれるようにしてベンチに座りっぱなし。試合前の練習に顔を出しませんでした。ピッチャーは登板した翌日は身体がバキバキになり、とてもバットを振る気にはならないそう。さすがの大谷もしんどい時があるんだなあ、と実感しましたよ」
メジャー行き後でいえば、最大のピンチは18年の右肘故障だろう。4月のデビュー以来、快投を続けていた大谷の肘が壊れたのは6月のこと。
〈負傷がわかってから1か月ほども、翔平は自宅に引きこもっていたそうです〉
前出の栗山監督は、自著の中でその時の様子をこう記している。改めて聞くと、
「翔平に付いている人間に聞くと、本人のショックは大きかったと。責任感の強い男ですから、自分がどうこうということより、投げられなくなり、チームに迷惑をかけてしまうことが悔しかったんでしょう。落ち込んでいるんだろうなあ、と少し間を置いて電話をしたんですが、すると、逆にこちらを気遣う言葉をかけてくれましたよ。そして“いずれ肘に手を入れないといけないという感じはありましたから”と。既に気持ちの整理はつけてあったのです。それも実に翔平らしいな、と思いましたね」
その年のオフ、大谷は靭帯(じんたい)を再建するトミー・ジョン手術に踏み切る。リハビリを経て、ようやく復活を見せたのが今年の投球であるというわけだ。
栗山監督が言う。
「だから、翔平については、ようやくメジャーリーガーとしての土台ができたということ。スタートラインに立ったばかりです。確かに今の成績はすごいことですけど、これで満足してほしくないし、本人は決して満足していないはず。こっちは、もっともっとすごい選手になれると思って送り出していますからね」
心配は怪我だけか。
夏といえば、「野球少年」本番の季節。まだまだ大谷の勢いは止まらないはずだ。
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