「ハコヅメ」で注目が高まる「女性警察官」の仕事の辛さとやりがい 元女性白バイ隊員作家は語る

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 ドラマの視聴率の好調が伝えられ、またアニメ化も発表されたマンガ『ハコヅメ~交番女子の逆襲~』の作者・泰三子(やすみこ)氏が元女性警察官だったというのはよく知られた話。

 登場するのが天才的な能力を誇る取り調べ官や捜査官という人たちではなく、ごく普通の警察官たちというのも同作の魅力の一つだろう。

 ちなみに、日本FP協会が発表している小学生「将来なりたい職業」ランキングでは、「警察官・警察関連」は男子で15位、女子では23位となっている(2020年)。

「お巡りさんに憧れるなんて時代は終わったのか、やはりユーチューバーの時代なのか」と遠い目をする中高年もいるかもしれないが、実は男子に限っていえば警察官はまだ人気の職業だとも言える。同ランキングでは、2015年度の6位を最高位に、2016年度、2017年度、2019年度には8位と堂々のベストテン入り常連組の仕事なのだ。一方で、女子のベストテンにはランクインしたことは無いようだ。

 これは危険そうだというイメージのせいもあるだろうし、そもそも実態がよくわからないというのも事実だろう。

 実際に職業として選んだ場合はどうなのか。

 泰氏と同様に、元女性警察官というキャリアを活かして作家となった松嶋智左氏に、「職業としての女性警察官」の魅力を聞いてみた。松嶋氏は日本初の女性白バイ隊員で、『女副署長』シリーズなどの著作がある。

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“癒やされる”交通安全教室

 私は「ハコ(交番)」勤務の経験はないのですが、それでも『ハコヅメ』と私の作品と、両方に共通して登場する仕事がありました。

 その一つは交通安全教室でしたね。これは何度も経験があります。

 未就学児から小学生くらいまでの子供を相手に、交通安全指導を行うのが目的なんですが、たいてい入学式の頃とか夏休み前などに実施されますね。管内にある小学校などに出向いて行くんですよ。

 警察の組織としては、交通課1係つまり交通総務係が主体となって動きます。ただ、1係はあまり人数が多くないし、もともと内勤の班なので、安全教室を行う人数が足りないこともあります。そういう時は、2係つまり交通指導係が応援に入るんです。2係所属だった私も、そういう流れで安全教室を担当したわけです。

 安全教室そのものは子供相手ですから、そんなに難しいことはありません。着ぐるみとか人形を、カラーコーンと一緒に車に積み込んで、学校に着いたら教室で交通安全の話をしたり、時にはグラウンドにカラーコーンを置いて交差点や横断歩道を作り、危ない点について話したりするわけです。

 着ぐるみなどのアイテムを持って行くのは、要は子供の気をひくというか、集中力を持たせるためで、そういう意味でも、本来の任務とは少し違う子供相手のイベントに近いと言っていいと思います。

 これは意外に楽しかったんですよ。本来の職務と違うからといって、つまらないということはなかった。ふだん内勤中心の交通総務の警察官にとっても、楽しみだったと思います。だって、子供たちも先生方も歓迎してくれるし、交通安全の話は子供向けのものではありますが、制服姿というだけで喜ばれるし、何といっても向けられる視線が違います。それだけで、もう癒やされるんですよ。なにしろ普段の仕事と全然違います。

神経がすり減る交通取り締まり

 いつもの私の仕事といえば交通取り締まりでした。

 交差点で笛を吹いたり、駐禁のキップを切りまくったりする日々。違反者を怒鳴ることも日常茶飯事で、殺伐としていました。このあたりの苦労は、ドラマでも描かれていましたね。

 パトカーでの取り締まりから、交差点に一人だけ配置されての交通違反取り締まりまで、どのケースもおとなしく従う人は少なかったですねえ。

 たとえば違反した車の運転手が、最初はわりと大人しくしているのに、いざ違反キップを切られると逆に開き直るとか、最後まで抵抗して違反を認めようとしないタイプとか……。日常的に仕事で車を使っている人ほど、違反キップには抵抗する。もちろん気持ちはわかるんですけど、こちらも譲るわけにいかないし、あれはもう、ほとんど喧嘩、怒鳴り合い(笑)とは言いすぎかもしれませんが。

 飲酒検問をしていたときなど、アルコールを検出した運転手に、「飲んでるでしょう」と問いただしたら、「飲んでない、飲んだのは昨日だ」と。

 飲酒検問は零時すぎに始めるので、確かに飲んだのは「昨日」なんですが……。もう笑っちゃうような言い訳ですよね。

 こういう取り締まりを、ときには一対一で向き合うわけです。でも、あまり怖いと思ったことはないんですね。第一、怖くても逃げられないのが警察官。それに当時(80年代後半)は、まだ警察官に対して一線を越えてくるような乱暴な人もいなかったです。

 これはやはり制服の力が大きいのだと思います。女性警官だからといって舐められるようなこともありませんでした。

美人警察官

 女性警察官といっても、私などはたいてい外に出ていましたから、化粧なんか気にしていられないんです。せいぜい日焼け止めくらい。だからいつも真っ黒に焼けてましたね。仲間の警察官もそんな感じでした。

 もちろん、現実の警察官でもお嬢さん風の美人もいましたが、仕事をしているうちに別にどっちでもいいという感じになる。なにしろ、こっちは一日中外で仕事しているので、女性らしさなんかゼロだったと思います。

 私が勤めていた時代は女性警察官の数も少なく、女性の配属先は交通課と決まっていました。私が2係に配属されたのは、一番人数を必要とする係だったからだと思います。2係はチームワークで動くことが多い仕事でしたから、男女関係なく仕事をすることができました。女性だからといって下に見られたりすることはなかったです。

 その後、大阪府警で日本初の女性白バイ隊員になったときは、イベントとマスコミ対応に駆り出されることが多かったですね。女性5名のチームだったんですが、パレードの先頭を音楽に合わせて走行したり、鈴鹿サーキットでのイベントで走ってみせたり、曲芸的な走行テクニックを披露したり。そういう時は、女性隊員だけ赤い隊服を着て走行したものでした。

警察官の面白さ

 警察官というのは、ある意味「普通の仕事」じゃないんですね。間違いなく大変な仕事です。でも、それゆえの面白さもあると思います。

 警察学校を卒業して、配属が決まると、その時点から一般の人には経験できない世界に入っていく。一般企業の世界もそれぞれ違いはあるでしょうが、警察官はまったく違うと思います。たとえば、「ハコヅメ」の永野芽郁さん演じる川合麻依のように、ほんの数年前までは学生だった人が、制服を着て拳銃を装備し、交番に立つわけです。これは「普通の仕事」じゃないですよね。制服姿というだけで、人目を引くし常に見られています。でも、制服を着ているおかげで、躊躇せずに人を手助けできるようになり、進んで体も張れるようになるという面は確かにあるんです。

 世間一般で言うところの単純な「面白さ」とは違うのでしょうが、普通じゃない道を経験してみたい人には、ぜひトライしてもいい職業なんじゃないかと思いますね。

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 来年、小学生女子の「将来なりたい職業」ランキングで「警察官」の順位はアップしているだろうか。

デイリー新潮編集部

2021年8月18日掲載

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