米国が史上初の人口減少の可能性 大恐慌やリーマンショック以上に大きな打撃

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 米国は今年、歴史上初めて人口が減少するかもしれない。

 7月26日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「昨年7月1日までの1年間の米国の人口増加率は0.35%にとどまった。今年はほぼ横ばい状態にとどまる見通しであり、一部の専門家は今年の人口は歴史上初めて減少に転ずると予想している」と報じた。

 人口減少の最大の要因は、出生率の下落である。米疾病予防管理センター(CDC)によれば、米国の出生率は2007年の1.78から低下し続け、昨年は1.07となった。

 米国では「景気低迷期に一時的に出生率が下がるが、経済が回復すれば再び出生率が上がる」というパターンが繰り返されてきたが、リーマンショックから立ちなおった2010年以降も出生率は下がり続けている。

 出生率が長期的に下がっていることについて、同紙は「ミレニアル世代はその前の世代に比べて子どもをあまり産まない。女性の教育水準が高まったことと所得に対する将来不安が主な要因である」と指摘している。

 新型コロナウイルスのパンデミックのせいで出産忌避の傾向が強まったことも災いした。国連人口基金は7月11日「米国では新型コロナウイルスの影響で昨年10月以降、出生数が顕著に減少している」ことを明らかにした。

 新型コロナウイルスによる死者数の急増も人口減少の要因となっている。

 昨年、米国の50州のうち半分の25州で死者数が出生数を上回った。ニューハンプシャー大学のケネス・ジョンソン教授(人口統計学者)は「新型コロナウイルスのパンデミックがおさまっても、多くの州で引き続き死者数が出生数を上回るだろう」と指摘する。

 米国の白人人口は2020年の国勢調査で減少に転じる見通しである(6月26日付日本経済新聞)。2016年からの4年間合計の人口の減少数は115万人に上り、その中心は25歳未満の若年層と25~59歳の年齢層だという。

 CDCは7月21日「昨年の平均寿命は77.3歳となり、2019年から1.5歳短くなった」との暫定的な統計を公表した。第二次世界大戦中の1942年から43年にかけて2.9歳短くなって以来の落ち込み幅だが、気になるのは米国の人口増加を支えてきた非白人の減少率が白人の2倍以上になっていることである。

 ワクチン接種により新型コロナウイルスの危機から脱しつつある米国だが、新たな問題が浮上している。米国で薬物中毒死が急増しているのである。

 米疾病対策センター(CDC)は7月14日「昨年の米国の薬物過剰摂取による死者数(暫定値)が過去最多の9万3331人に達した」ことを明らかにした。2019年の7万2151人から29%の増加であり、年間の伸び率も過去最高だった。米国の新型コロナウイルスによる死者数は約37万5000人だったが、薬物中毒による死者数はその4分の1の規模に上る。最近では1日当たりの薬物中毒による死者数が新型コロナウイルスの死者数よりも多くなっている。

 強力な薬物が出回っていることも懸念材料である。

 CDCによれば、昨年の薬物中毒死のうちオピオイド(医療用の麻薬性鎮痛薬)が原因となるケースが全体の約75%を占め、2019年の5万963人から6万9710人に増加したという。中でもフェンタニル(合成オピオイド)はモルヒネやヘロインの50倍以上の強さだとされている。パンデミック対策で国境管理が格段に厳しくなっているのにもかかわらず、メキシコの犯罪組織のせいでフェンタニルの米国への流入が加速している。

 オピオイドはもともとは専門医や病院での使用が一般的だったが、1995年に薬品メーカー(パーデュー・ファーマ)が、医師の処方箋があれば誰でも近くの薬局で購入できるオピオイド系の鎮痛剤を開発したことがきっかけとなり、全米で常用者が広がった。

 薬物中毒死はパンデミックの数ヶ月前から既に増加していたが、最新の統計でコロナ禍によって加速したことが明らかになっている。パンデミックが招いた精神的な苦痛や辛い体験、経済的な困窮、社会的孤立感などが引き起こした「うつ」的な感情が薬物使用を誘引し、これまで薬物に縁遠かった人までが手を出した可能性が指摘されている。

 薬物中毒による死者数は急増する中で注目すべきなのは、オピオイド乱用による死者が20代から50代の働き盛りの世代に集中している点である。

 オピオイドが蔓延している背景には熾烈な競争社会という構造的な問題がある。通常の肩こりや腰痛よりも「不安とストレス」に起因する精神的な痛みを癒やすために大量に使用されているのである。

 オピオイドの使用が急増したもう一つの要因は、米国には日本のように国民皆保険の制度が存在しないことである。新型コロナウイルスに感染しても高額な医療費を払えない多くの人たちが、新型コロナウイルスがもたらす炎症を抑えるためにオピオイドを闇ルートで入手したと言われている。

 人口減少は、大恐慌やリーマンショック以上に米国経済に大きな衝撃を与える恐れがある。米国は労働力を増加させるために移民にさらに依存する必要があるが、トランプ政権時代は厳格な国境管理のせいで移民数は減少している。バイデン政権は移民者に門戸を再び開放する方針だが、共和党の頑強な反対から政策変更の実現は容易ではない。

 7月26日の米国の実質金利(名目の長期金利から物価変動の影響を除いたもの)がマイナス1.1パーセント台を付け、過去最低を更新したが、人口減少による米国の成長鈍化の懸念がその背景にあるのはではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月15日掲載

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