23区の工場島になぜラブホテルが? テレ東・名物ディレクターが訪ねてみると――
おばちゃんの人生の物語に心を打たれる
意外な話に、思わず戸惑った。18歳から子育てを始め、6人の子を育て上げた。高校の時にやりたいと思っていた業種に、勤めることができた。江戸川区にある島の、隠れ家のようなホテルで……。そんな話を聞くことになるなどと、誰が思うだろうか。
やはり街中には、一冊一冊、決して同じ内容ではない物語が書かれた書籍が、その内容を秘してひっそりと暮らしているように思えた。そして、その服装や表情は、けっして本当の書籍の装丁のようにわかりやすくはないが、しっかりと物語の内容をあらわした素敵な装丁であるに違いない。
たしかに、このフロントの女性の顔は、笑顔と自信にあふれ、喜びに満ちていた。
と、ふと思い出した。
佃島から妙見島まで、自転車で飛ばし、さらに島内を歩きまわった。その上、島に唯一のレストランが閉まっていて、昼食を食べ損なったので、お腹が空いていた。
「この島、食堂とかないじゃないですか。どうするんですか?」
「わたしは、お弁当持ってきてるけどね。お客さんは、ルームサービスもあるよ。けっこう人気」
「なにが人気ですか?」
「んー、ステーキピラフかな」
またしても意外な言葉に少し意表をつかれた。
「カレーとかラーメンじゃなく、ステーキピラフ?」
「うん。ステーキ、厨房で焼くからね。ピラフは冷凍だけど」
「あ、じゃあそれ、あとでお願いします」
一人でホテルを堪能
エレベーターにのり、5階へつくと、城のような装飾が施された廊下。部屋番号が、電飾で赤く光っていた。
なかは真っ赤な壁に、シャンデリア。そして大きなベッド。ラブホテル独特の怪しさがあった。だが、窓をあけると雰囲気は一変した。
傾いた西日がさしこむと、部屋は一気に爽やかになる。少ししか開かないが、窓からは、見事に東京が一望でき、スカイツリーも見える。これが東京の、本当に東端から見る景色。釣り船が停泊する旧江戸川の向こうには、葛西の低層住宅。そして地平線近くには、都心の高層ビル群が小さく林立している。「働」と「住」。その色分けが、遠近でしっかり染め分けられているように見えた。3時間で部屋をとった。おそらくもう少しすれば、夕日が見られるはずだ。せっかくだし、一人でホテルを堪能することにした。
一応メニューを確認すると、驚きの充実度だ。ここはファミレス?
ステーキやハンバーグから、クッパなどの韓国料理。そしてパフェまで。
クッパにこころが揺らぎながら、それでも
「すみません。ステーキピラフお願いします」
受話器をとって、そう告げた。
「はは。はーい」
先ほどのフロントさんだ。彼女のすすめる、いち推しにかけることにした。部屋には吉宗のパチスロが置いてある。100円でコインが6枚分。10秒でなくなった。あまりのコスパの悪さに、すぐさま撤退。しばし大きなベッドに寝そべった。
届いたステーキピラフの味は
あまりに快適な空間だ。東京を一望できながら、一線を画し、さらに四方があきらかな結界で護られている。そこから来る心理的な安心感は計り知れない。わざわざこの島にきて、枯れ草に寝そべり、そのことを日記にしたためていた山本周五郎も、同じ心持ちだっただろうか。
「わたしの眠りを護りたまえ」
そう思いを寄せた女性が次第に遠ざかり、眠りにつく時でさえ安堵を与えてくれるものがなくなった頃から、日記にこの妙見島があらわれる。
本来は男女が歓びをわかちあうはずの場所に一人でいる孤独さが、100年前の若い青年に対してのシンパシーを抱かせる。
ここには……。
「ぴろぴろぴろーん。ぴろぴろりん」
静寂を切り裂く、ファミリーマートに入店した時の音楽……。
「はは。ステーキピラフどうぞ~」
先ほどのフロントさんが、届けてくれた。
味は……。
「うまい」
ふつうにうまかった。ミディアムレアに焼かれた大きな肉。そしてその下には、茶碗2杯分はあるボリューミーなピラフ。ニンニクのよく効いた醤油ベースのタレを好きなだけぶっかけて食べる。うまくないはずがなかった。
なにより「冷凍だけど」といっていたピラフがいい。しっかり電子レンジで熱したピラフをさらに熱々の鉄板に置くものだから、肉から食べているうちに、おこげができていくのだ。
この手作りステーキと、冷凍ゆえの貴重なおこげピラフの、奇跡のコラボレーション。カップルで一つでもよさそうなものだが、一人で余裕で平らげた。
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