アルツハイマー治療薬「アデュカヌマブ」の希望と課題 「脳内のゴミ」を除去、米国が世界初の承認
最終判断は9年後
ただし、懸念されることも2点あるといい、
「FDAからの委託を受けてデータの審査をした専門家による諮問委員会は、アデュカヌマブを新薬として流通させるための好ましいデータは出ていない、と判断しました」
新井氏はそう語る。
「23%の進行抑制は統計学的には有意差が出ているが、実際の臨床の場ではどのくらい意味を持つのか。具体的には、効果が徐々に落ちてきてしまい、再び症状が悪化するケースが見受けられた。要するに、根本治療薬と呼ぶには臨床的に効果が弱いのではないか、ということです」
もう一つの懸念材料は費用の問題。バイオジェンが公表したところによれば、アメリカでの薬剤費は1人あたり年5万6千ドル(約610万円)にもなる。
「米国での民間保険と違って、日本では公的健康保険の適用になることも考えられ、1年間で600万円以上もかかる高い薬に、本当にそれだけの価値があるのか、という観点からも議論されています」(同)
果たしてバイオジェンは追加の臨床試験によってこうした懸念材料を払拭できるのか否か。FDAは同社に対し、長期的な追加試験で効果を検証し、2030年に最終報告を出すよう求めている。つまり、今から9年後である。
「追加の臨床試験の期間は2年か3年くらいになるかな、と勝手に思っていたのですが、9年。9年というのはあまりに長いのではないかと思います」
そう語るのは、国立長寿医療研究センター名誉研究所長の柳澤勝彦氏である。
「非常にゆっくり進む病気ですから、確かに1年や2年で結果がすぐに出るという問題ではない。ただ、最終判断が9年後と言われても、臨床の現場の先生たちは困るのではないかと思います。どの段階にあるアルツハイマー病の患者さんに、どのような事前検査を行って使うのか。また、何をもって有効だったと判断するのか。途中経過を追跡する上でのマーカーは何なのか、現時点ではFDAから何ら示されていない。現場では混乱が起こるのではないでしょうか。患者さんやその家族の方々はものすごく期待して待っていらっしゃるので、少しでも早く最終判断が確定されるといいと思います。現時点では、期待を持ちつつも心配もあります」
患者や家族が渇望する新薬。先に指摘した通り、もし日本でも承認が得られた場合、気になるのは費用面である。
「日本で承認された場合、最終的には保険適用になる可能性が高いと思いますが、アデュカヌマブはとても高額なので、医療費削減の国の方針への圧迫につながることになるでしょう」(同)
ダブルで負担増
さらに、保険適用の範囲は、アデュカヌマブの「周囲」にも及ぶ可能性があるという。
「アミロイドPETスキャンという、脳内のアミロイドβの蓄積の程度を画像化する診断方法があり、数年前に薬事承認されています。しかし、保険償還(適用)はされていません。診断方法としては安全に使えるものですが、根本的な治療薬がないと、それを使ってアミロイドβの蓄積量が分かっても仕方がない。そうなると保険でカバーする理由もないわけで、保険償還にはストップがかかっているのです」
東京大学医学部教授の岩坪威氏はそう語る。
「日本でアデュカヌマブの承認が下りた場合、アミロイドPETの保険償還も必要になってきます。1回に何十万円もかかるものですから、実際に臨床現場で使うことになったら、保険償還も検討されるのではないでしょうか」
共に高額なアデュカヌマブとアミロイドPET――。
ダブルで医療保険財政への負担が増すことが考えられるわけである。
「ただ、その一方で、アルツハイマー病を発症して認知機能が日々悪くなっている方の場合、その介護費用というのは相当なものがあるわけです」
と、柳澤氏。
「例えばデイケアに連れていくとか、夕方になったら迎えに行ってとか。ご自宅にいる時には家族の中でその方のお世話をする人が必要になります。その人は、認知症の家族の介護という負担がなければ、もっと仕事ができるかもしれない。認知症という病気はそうした個人・家族の収入や社会・経済に大きな負担となります。そうしたことも全部考慮した上で薬価について判断することになるのではないでしょうか」
追加試験や薬価の問題など、今後、乗り越えなければならない壁が多くあるのは間違いない。が、アルツハイマーの患者やその家族が置かれる境遇を一変させる大きな可能性を秘めていることもまた、否定できないのだ。