川井姉妹そろって金 「梨紗子は体育会系、友香子は文科系」の二人が快挙を成し遂げるまで
「こんな幸せあっていいのかと思う。夢みたい」。
個人的好みの範疇だろうが、間近にも見てきた筆者が日頃、「日本で最もかっこいい女性アスリート」と感じる川井梨紗子(26)の笑顔がはじけた。8月5日夜、見事に五輪2連覇を達成した。リオデジャネイロ五輪(2016年)では63キロ級。今回は57キロ級だ。今大会、前日に妹の友香子(23)が、62キロ級で金メダルを獲得している。夏季オリンピックの歴史上、同一大会で日本人姉妹が金メダルに輝いたのは初めてである(冬季では平昌五輪でスピードスケートの高木菜那、美帆姉妹がいるが団体戦である)。
吉田沙保里を破った米国選手も撃破
決勝のマットに上がった川井梨紗子。最大のライバルと見られたナイジェリアの選手が早々に逆転フォール負けする番狂わせもあり、決勝相手はベラルーシのイリーナ・クラチキナ(27)。第1ピリオドですばやくバックを取り、2点先制。第2ピリオドでは相手を抱えて押し出し追加点。さらにバックを取り5点。防御も完ぺきで全く危なげなかった。5対0。終盤にタックルで足を取られた時、尻で相手の背中に乗っかかり圧力をかけて防御する姿は、二年前の7月にあった伊調馨との五輪代表決定のプレーオフでも見た光景だった。
梨紗子は今回の鋭いタックルについて「記憶がなくて、気が付いたらタックルに入っていた。試合の時は今まで練習していた自分が何とかしてくれると思っている」と語った。無意識に技が出る。これはアスリートの練習成果の理想形である。
これより先、準決勝で川井は米国のヘレン・マル―リス(29)と対戦した。リオ五輪の53キロ級の決勝で吉田沙保里の4連覇を阻止した選手だ。あれから5年。対戦する可能性が高まり、「リベンジですね」と訊かれると「沙保里先輩からもそんなことは言われていないし……」と戸惑っていたが、日本人としては吉田の「リベンジ」に思えてしまう。
川井は、63キロ級で出たリオ五輪の時から57キロ級に下げたが、逆にマル―リスは階級を上げてきた。しかし、川井は「組んだ時、練習パートナーの方が、圧力があった」と意に介さなかった。慎重な試合を展開し、2-1で勝ち上がる。
「沙保里さんや馨さん(伊調)についていっただけ。勢いで優勝できた」リオ五輪とは違い、二人が不在の東京五輪ではチームの「リーダー格」だった。喜びの爆発の陰には安堵の表情もうかがえた。
「やめたい」を思いとどまらせた妹の姿
リオで頂点に立ってからの道のりは苦難の連続だった。「元の階級でやりたい」と57キロ級に下げてぶつかったのが五輪4連覇の「レジェンド」伊調馨だった。
「伊調のオリンピック5連覇を妨害している」など、心ないいやがらせの声も耳に入った。さらに至学館大学の恩師であった栄和人監督の伊調への「パワハラ騒動」が、虚偽織り交ぜて針小棒大に報じられるなどし、伊調との代表争いは、予期せぬ方向で関心が持たれてしまう。2018年12月の全日本選手権で伊調に敗れると張り詰めていた気持ちが折れた。
「もう、レスリングやめたい」と母初江さん(51)に漏らした。娘の苦しさを理解していた母は「続けなさい」とは言わなかった。「気持ちが戻らないんだったら会社(ジャパンビバレッジ)に謝ってやめさせてもらうしかないんじゃない」と彼女自身に判断させた。初江さんは元全日本選手権王者で、世界選手権でも入賞歴がある。バルセロナ五輪(1992年)での女子レスリング採用が見送られて引退。石川県金沢市で子供たちのレスリング塾を開いている。夫の孝人さん(53)もグレコローマン74キロ級の元学生王者だ。
だが、そうした中も、反射神経、瞬発力などが自分ほどには恵まれていない妹友香子がひたむきに練習に打ち込む姿が姉を再び立ち上がらせる。「自分一人ならやめていた」。そして2019年7月に注目の代表決定プレーオフでレジェンドに引導を渡した。コロナ禍で国際試合も遠のいたが、金浜良コーチの発案で、日大相撲部に「出稽古」に行くなど、幅の広い動きを身に着けた。
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