井上康生はなぜ選手をメダルに導けたのか 敗者への気配り、モチベーションを上げる人間力

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 史上最多の金メダル9個を獲得した柔道日本代表。とりわけ男子はこれまた最多となる金5個を量産した。

「井上康生監督の“人間力”の賜物でしょう」

 と語る全国紙柔道担当記者が印象的なシーンとして振り返るのは、2020年2月の代表発表会見である。

 井上監督は、各階級の代表選手の名前を読み上げると、「ギリギリで落ちた選手たちの顔しか浮かばない。60の永山、73の橋本、海老沼、90の長沢、村尾もそう。100の飯田、羽賀、100超の影浦……」と選外となった選手たちの名前を挙げながら涙を流した。

「あれで落ちた選手は救われ、代表に選ばれた選手たちは発奮したんです」(同)

 井上監督は、常に敗者に気を配っていたのである。

 五輪本番。90キロ級に出場した向翔一郎(25)が3回戦で敗退しメダルを逃したときも同様だった。

「向に『必ずお前に団体で金メダルを獲らせて帰らせる』と伝えた」

 と明かし記者の前で号泣。結局、団体戦はフランスの後塵を拝し銀に終わったものの、準々決勝で向は銀メダリストに勝利し、準決勝も勝ってチームに貢献した。

「負けた選手にあれほど親身になれる監督がいたでしょうか」

 と語るのは、長年井上を追い続けているフリーライターの柳川悠二氏。

「あのような井上監督を見れば、これから試合を行う選手も心強かったはず」

 現役時代は無敵のイメージがある井上だが、00年シドニー五輪で金を獲得した後、04年アテネ五輪ではメダルを逃している。

「天国と地獄、両極端を経験しているからこそ、敗者に寄り添うことができる。それが彼の一番の魅力ではないでしょうか」(同)

 井上康生――いずれ世界の柔道界を背負って立つ存在となるに違いあるまい。

週刊新潮 2021年8月12・19日号掲載

五輪ワイド「『約束の地』の夢花火」より

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